fc2ブログ

曽野話法 − 砂上論法を斬る(15)

神のみぞ知る、故に私はかく述べる 

曽野綾子氏が聖書の一節を引用しても多くはアクセサリーだが、神を切り札的に使用することがある。神を持ち出して、全てを相対化した後に自説を述べるのである。

続きを読む

曽野話法 − 砂上論法を斬る(14)

もっと大変な人がいる

 「日本で貧困はありえない 世界に目を 甘えを捨てよ」(日経2009.3.11)がその典型。アフリカの例を引きながら、「貧困とは、その日、食べるものがない状態、 日本には世界レベルでいう貧困な人は1人もいない」と主張する。もちろん、こうした曽野綾子氏の発言は、物議を醸した。

続きを読む

曽野話法 − 砂上論法を斬る(13)

経験は重い、私の経験は絶対的に重い。(3)

 自己経験を絶対視すれば、「私が経験しないことは存在しない」ことになる。哲学はいざ知らず、現実問題でこのような極端な立場を取る人は稀だが、曽野綾子氏はその一人のようだ。

続きを読む

曽野話法 − 砂上論法を斬る(12)

経験は重い、私の経験は絶対的に重い(2)

 相手に「私の経験は絶対的に重い」ことを認めさせる曽野綾子氏の切り札は、普通の人にはまねのできない経験である。素材は、聖書、アフリカ、アラブ、セレブ。

続きを読む

曽野話法 − 砂上論法を斬る(11)

経験は重い、私の経験は絶対的に重い

 曽野綾子氏の論法 -曽野話法- は経験論である。「経験によれば~、よって私は~と思う」と論を運ぶことに変わりはないが、自己の特異な経験を絶対視するという特徴がある。

続きを読む

カレンダー
02 | 2024/03 | 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
検索フォーム
プロフィール

さんげつ

Author:さんげつ
技術系の某役所を退職後、あり余る時間を使い、妄説探索の旅へ。理系老人の怪刀乱魔。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク