曽野話法 - 砂上論法を斬る
曽野綾子氏の産経新聞のコラム「労働力不足と移民」がアパルトヘイトを称揚したとされ、南アフリカ共和国の大使から抗議を受けるなど、国際的な問題になった。仮にきちんと立論されていれば、彼女の主張 - 居住区は白人、アジア人、黒人に分けた方が良い - は倫理の問題をさておけば検討の対象になり得るが、そうでなければ無責任なアジテーションである。彼女の論法-「曽野話法」と呼ぶ- が論理かどうか調べてみよう。
まず、コラムはこちら。
物議をかもした後半部に注目しよう。
20〜30年前の南アフリカ共和国の実情を知って、居住区だけは人種で分けた方がよいと思うようになったとしている。その実情として紹介するのは「南アでアパルトヘイトの撤廃後、白人専用だったマンションに黒人家族が一族を呼び寄せたため、水が足りなくなり共同生活が破綻し、白人が逃げ出した」というエピソードである。
ところが、このエピソードは匿名人物から聞いただけで確認していないことを、3月6日のフジテレビのプライムニュースのペコ南ア大使との対談の中で曽野氏は明かした。「嘘をつかれたのなら仕方がない」とまで言う不確かなエピソードである。
この匿名人物の多用が曽野話法の一つの特徴である。匿名人物ははなはだ重宝である。絶妙のタイミングで話者=曽野氏の望むことを証言してくれるからだ。証言内容を第三者が検証することは困難で、話者を信頼するほかないが、著名な作家、敬虔なクリスチャン、道徳の本に登場する誠実な人という世評から、曽野氏は全く問題がないように見える。
しかし、今回の南ア共和国のエピソードは虚偽だった可能性が高い。南ア共和国に永住する吉村峰子氏が、当時の状況からそんなエピソードは考えられないと断言しているからだ。
//www.huffingtonpost.jp/mineko-yoshimura/ayako-sono_b_6704152.html
曽野氏に対する世評があてにならないことは、公的な場で彼女がついた嘘をいくつか示せば十分だろう。
曽野氏に沖縄県の渡嘉敷島の集団自決を扱ったノンフィクション「ある神話の背景」(後に「集団自決の真実」と改題)がある。ここで曽野氏は、通説に抗して、自決命令を出したと言われる赤松隊長擁護の論陣を張った。根拠の大部分は赤松隊のメンバーからの聞き取り調査であるから、彼等に対して、中立的な立場で取材したかどうかがポイントになる。
曽野氏は、第34回司法制度改革審議会で「本土では赤松隊員に個別に会いました。当時守備隊も、ひどい食料不足に陥っていたのですから、当然人々の心も荒れていたと思います。グループで会うと口裏を合わせるでしょうが、個別なら逆に当時の赤松氏を非難する発言が出やすいだろうと思ってそのようにしました。」と発言した。ところがこれは真っ赤な嘘だった。赤松隊の戦友会に出席して取材している写真が、当の赤松氏の手記に掲載されていたのだ。
審議会より上のレベルになると裁判所がある。曽野氏は第3次教科書裁判で国側証人として出廷した。ここで「ある神話の背景」に富山真順氏-「米軍上陸前に自決用の手榴弾を赤松隊が配ったことを曽野氏に話した」としている-が登場しない事が問題となった。裁判で曽野氏は「富山氏に会ったことはない」と証言した。
富山氏は、戦争当時、赤松隊と渡嘉敷村の連絡役である兵事主任であり、曽野氏が「ある神話の背景」執筆当時に存在した主要な文献に登場する。取材していなければ、ノンフィクション作家失格となる重要人物で、当然会ったはずである。実際、会っていた事は、後に戦史研究家の秦氏との対談で告白している。
「ある神話の背景」とそれにまつわる彼女の嘘は「検証『ある神話の背景』」にまとめられているが、実に多い。著名な作家、敬虔なクリスチャン、したがって嘘はつかないはずという世評は、あてにならない。曽野話法においては、匿名証人=無責任証人、若しくは幽霊証人を疑う必要がある。
スポンサーサイト