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曽野話法 - 砂上論法を斬る(2)

短く、断定的に、繰り返して

 産経コラムの前半部は、「移民の法的規制の制度を作らねばならない」が結論である。その上で「外国人と居住を共にするということは至難の業だ」と続け、コラムの末尾で改めて「居住だけは別にした方がよい」と繰り返す。こう書かれれば、法かあるいは契約で、居住を別にする様な制度設計を曾野綾子氏は提唱していると読むのが普通だろう。

 ところで、この制度は「条件を納得の上で日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせることは何ら非人道的なことではない」という短い断定的な命題とセットである。この「短い、断定的な」がポイントである。

 居住地を自由に選択する等の基本的人権は日本国憲法第3章で保障されているが、参政権等の日本人に限定されることが明らかなもの以外は外国人にも権利が賦与されているし、また国際法上も、国際人権規約でそうなっている。したがって、それを制限する法律や契約は無効だろうし、そもそも基本的人権を尊重する精神から、曽野氏の命題はおかしいのではないかと普通は考える。ところが、短く断定的に言われると、「ちょっと待てよ」という思考回路のブレーカーが働かない。

 「居住を共にするということは至難の業だ」という短い断定も同様である。そんなにあっさり努力を放棄してしまってよいのか。現にそうした努力をしている人が沢山いるではないか。そういった疑問はどこかへ失せてしまう。

 曽野氏というそれなりの人物の言うことだから、簡単なことであっても豊富な経験を踏まえた深い思索から出ているのだろうと思わせるところがミソである。敬虔なクリスチャンというイメージは、主張の確からしさをいやがうえにも高める。長々と説明してはボロが出るが、コラムなら短くても怪しまれることはなく、読者が勝手に行間を読んでくれる。問題が起きたとすれば、それは読者のせいである。曽野氏は有利な立場にいる。

 さて、これらの命題をどうやって読者に刷り込むか。やはり繰り返しである。短いから反復は自然で、心地よく響く。このコラムでも、末尾で「居住だけは別にした方がいい」と反芻している。

 「短く、断定的に」情報を与え、思考停止の状態に追い込む。そして「繰り返して」刷り込む。曽野話法の常套手段である。

 曽野氏は「法かあるいは契約で、居住を別にする様な制度設計」、つまりアパルトヘイトの提唱は誤読だと反論している。実際には大多数の人はアパルトヘイトの提唱と読んだ上でそれを批判した。しかし、ネットをみると、そう読んだ上で曽野氏を支持した人も少なからずいたことがわかる。これらの人々の思考回路のブレーカーはきちんと機能したのだろうか。曽野話法に搦め捕られた人もかなりいるのではないか。
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三唱

おそらく2万年ほど前の旧石器時代に呪術の祭祀化の萌芽が出た頃から3回繰り返す話法(呪文)で自らと参加者の神話的共同主観意識を再確認、また呪術・祈願の成就を願った。
繰り返しにより、自己の思い込みも強くなり他者への刷り込みも厚くなる。

昔、クーラーのない木造の家屋で歌謡曲が流れると道ばたでもいやおうなく聞こえてきた。 そのため、意味もわからずお富さん、王将、黒い花びらなど歌詞も節も覚えさせられてしまった。
オウム真理教の修行などは3回どころではなく繰り返しを強要した。

詐欺にかからないためには自分の頭で考え
相手の語ることは、証明された事実あるいは正当性・有効性・効率性など合理的な社会観を前提にしているか。

その相手がどこかで、話の筋をバイパス・搦め手へ方向を転轍していないか。
常識を外れた方便による屁理屈ではないか
相手が論理や話の流れよりも心理・感情操作に頼っていないか
特定の関係性を誇張又は歪曲し、一人歩きさせていないか
などのフィルターを通す必要がある。

素人騙しのテクニック

曽野綾子はB層を手玉に取る事にかけては抜きん出た才が有ると思います。

産経コラムでは、「短く、断定的に、繰り返して」の技法が効果的に使われていると、的確に指摘はされてます。これは『ある神話の背景』でも同様なものがあったと思えます。
小生も40年前に騙された一人でした。

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Author:さんげつ
技術系の某役所を退職後、あり余る時間を使い、妄説探索の旅へ。理系老人の怪刀乱魔。

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