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曽野話法 − 砂上論法を斬る(14)

もっと大変な人がいる

 「日本で貧困はありえない 世界に目を 甘えを捨てよ」(日経2009.3.11)がその典型。アフリカの例を引きながら、「貧困とは、その日、食べるものがない状態、 日本には世界レベルでいう貧困な人は1人もいない」と主張する。もちろん、こうした曽野綾子氏の発言は、物議を醸した。

 曽野氏の主張に対する正統的反論のキーワードは「犠牲の累進性」である。これはフランス文学者の白石嘉治氏が提唱した概念らしいが、社会学者の入江公康氏を介して、作家・社会運動家の雨宮処凛氏の手で広められた。雨宮氏の説明を引用すると

「お前の置かれた状況などは、ほかのもっと貧しい人や大変な人に比べたらなんでもない」というような言い分で問題から目を逸らさせ、我慢を強いるやり口、雰囲気。例えば正社員の長時間労働より非正規の低賃金の方が、非正規の不安定労働よりもホームレスの過酷な生活の方が、日本のホームレスよりも第三世界のスラムの貧民の方がより貧しくて大変なんだ、という形で現在その人が向き合っている困難を呑ませようとするやり口。


 曽野発言の趣旨は「文句を言うな」であるから、為政者あるいは企業の経営者は氏のお墨付きを得て、家康流の「生かさず殺さず」の統治を追求出来ることになる。国内あるいは企業内部でも、曽野エピゴーネンは「自分だけ楽してる奴は許せない」「お前も俺と同じぐらい苦労しろ」などと言い出すので、分断統治の理想型に近づく。

 さて、本ブログは社会問題を議論することを目的としていないので、話法と論法に戻す。

 より劣悪な比較対象を持ち出す曽野話法は自己矛盾を起こす。アフリカの貧困に関して、確かに、アフリカの一部の最貧国では、飢餓や疫病で多くの人間の生命が危険に晒されており、それは悲劇であり、それを救うべく曽野氏が尽力をしていることは評価する。しかし、曽野氏の比較論法を持ち出すと、

  でもアフリカの現状は、旧石器時代よりずっと豊かでしょ?

となる。実際、旧石器時代の平均寿命は20歳代であるのに対し、アフリカの最貧国は40歳以上で、2倍ある。アフリカでは運が良ければ国際支援団体が食べ物や薬を持ってきてくれるが、旧石器時代ではそんなことは絶対ありえない。
 結局、曽野氏自身のアフリカ支援活動は、金と暇を持て余している人が酔狂でやっている事業ということになる。

 「現に生きている人を対象にしてものを言っているんです、はるか過去の人は比較対象にしていません」と曽野氏は言うかもしれない。ならば、日本で、部屋で一人、誰にも気づかれずに孤独の内に餓死する人に目を向けるべきだということになるだろう。そうした日本の現実を知ってか知らでか、「世界レベルでいう貧困の人は日本には1人もいない」と曽野氏は言い放ち、単純な世界比較論をぶつ。

 今、身近で苦しんでいる人に手を差し伸べない人が、海外の苦境にある人に本当に手を差し伸べられるのだろうか。
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変わらない目線

 2月11日、『産経新聞』コラムに「アパルトヘイト」的政策推奨のエッセイを書いて、世界と国内から批判を浴びた曽野ですが、その後も執筆機会を減らされる事はないようです。
『週刊ポスト』5月25日号(隔週連載)でも、「サン・マルコ広場の憂鬱」というエッセイを書いてます。大型連休の頃、北イタリアに2週間ほど旅行して、サンマルコ広場で、4月19日に起きた800人近くが死んだ、アフリカからの密航移民船の沈没事故に思いを馳せ、物思いに沈んだという。

「こうした密航船に乗るのは、『戦いと迫害』を逃れ、『よりましな生活』を見つけるためだと『タイム』誌は書いている。」、「EUは難民を助けようとするが難民を迎え入れる力の限界を感じ始めているらしい…」「助けるには覚悟がいるのだ」「その覚悟がないうちは…簡単に自分を人道主義者だと思わない事だろう」

と書いてます。ここで曽野が書いている事は「嘘」ではないでしょう。しかし、その突き離した言い方が、曽野自身が偽悪家ぶった偽善者であることを感じさせられます。弱い者・貧しい者への蔑視です。
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技術系の某役所を退職後、あり余る時間を使い、妄説探索の旅へ。理系老人の怪刀乱魔。

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