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曽野話法 − 砂上論法を斬る(22)

問題点が3つあります

と切り出し、それぞれの解決策を示して、安心させる類の話は眉に唾をつけて聞く必要がある。重大かつ解決困難な4番目の問題が存在するかもしれないからだ。都合の良くないケースや条件をこっそりはずすことは、詭弁の基本テクニックである。

 曽野氏は週刊ポスト(2015.1.23)に、「戦争の「悲惨」より戦時の「英智」を伝えよ」というエッセイを寄せている。このエッセイの書き出しは

あの戦争は私の人生にとってかけがえのない「おもしろい経験でした」

である。その面白い経験たるや、軍需工場で働いて「私にも女工さんが務まるんだ」という一種の満足感を味わったことだというから、恐れ入る。

 ところで、労働で自己の能力に満足感を得る程度のことなら、戦時でなくとも可能である。というより、平時の方がずっと容易だろう。平時のことをちゃっかり議論から省いたことになる。

 曽野氏は続けて、先の大戦から学ぶべき教訓は、「戦争が終わった時に国家は国民に一文も補償しなかった」ことであり、「それでも焼け出された日本人は自力で生活を再建し、発展の礎をつくった英智こそ、語り継ぐ価値がある」と言う。

 しかし、ここでも戦争を所与の条件として考えていることがそもそもおかしい。「国家は国民に一文も補償しなかった」ことから学ぶべきは、まず「戦争をしない、させない」よう努めることである。その中には、曽野氏がきらいな「反戦を後世に伝えること」も、当然含まれる。

 最近、阿部首相らが、集団的自衛権を消火作業にたとえる説明を試みている。たとえ話は都合の悪い条件やケースをこっそり消すうまい方法である。もっとも礒崎首相補佐官原作といわれるこの消火話は、レベルが低く、女子高生に見破られて恥をかいただけに終わったが。

 曽野氏はこのエッセイで戦争を津波にたとえる。津波の際にてんでんばらばらに逃げる「つなみてんでんこ」の教えが東北地方にあるが、そうした現実的な知恵の伝承の方が、戦争においても重要だと説く。しかし、津波は自然現象で人間が起こすものではないのに対し、戦争は人間がおこすものである。戦争については、まず「戦争をしない、させない」であって、ついで「起きてしまったら」である。
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不良品

こんにちは。
曽野がどんな加工をしたのか不明ですが、不良品ばかりで役に立たなかったでしょうw
そのうち「私は戦争を早く止めさせる為に、わざと不良品を量産した」なんて自慢するかもしれませんねw
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技術系の某役所を退職後、あり余る時間を使い、妄説探索の旅へ。理系老人の怪刀乱魔。

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