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沖縄戦にスパイはいたのか ? (2)


拙ブログの読者から、

慶良間諸島の座間味島で、日本軍人のスパイがいたという話が『沖縄戦体験記第19号 兄さん死なないで』(宮城恒彦)にあるが、根拠のある話かどうか?

という御質問をいただいた。私見を述べてみたい。

 この件に関して、座間味島の海上挺進第1戦隊の隊長をしていた故梅沢裕氏が、『マルレの戦史』(改訂・増補版)(2007)に寄せた文章がある。

三月二十六日のことである この朝奇怪な発見あり、之れまで戦隊長、副官等と共に行動起居していたK中尉(基地隊との連絡将校)が米軍戦闘服を着用し、ジープで走って居るなどの部下及び村民の報告に一同愕然、Kは米軍スパイだった。米軍は巧みに宇品より潜入させていたのだ。マルレ壕への的確な艦砲射撃と言い、食糧倉庫の発見汚染といい、その他戦備中、山上と沖合いとの怪しい電灯信号、また、戦後交流の当時の小学生がゴムボートのフロッグマンが西の阿真部落海岸にて村民と話していたのを時々望見したということが判った。結局何もかも彼らに判っていたのだ。水上特攻を懼れる米軍は比島戦のマルレで知り、三十数戦隊のトップの我が戦隊に狙いをつけたのだ。


 海上挺進戦隊とは、マルレと呼ばれるボートに爆雷を搭載して、敵の輸送船に接近、爆雷投下後に退避する部隊である。『マルレの戦史』はその戦友会の手になるものだが、通常見られる形式 - 隊員の手記がメインで、それに簡略な説明ないし年譜をつける - と異なり出来る限り客観的に「歴史」として記述するという体裁を採っている。それからすれば、梅沢氏の文章は全く異質であり、同氏のたっての要望で入れたという編集者の断り書きが付いている。

 さて、この梅沢氏の文章であるが、極めて可能性の低い条件を前提としているように見える。

 まず、米軍とK中尉はどうやって連絡をとったのかという問題がある。次に、K中尉を宇品(広島県、マルレ部隊を訓練した)へ送りこみ、その後座間味島に配置するには、人事権を持つ軍上層部に協力者がいなければならない。もしそのようなスパイ網が存在すれば、ルソン島上陸前にマルレ部隊の存在を米軍に知らせたはずで、最初の不意打ち(1945年1月9日、リンガエン湾上陸時にマルレ部隊は、唯一と言ってよい戦果を挙げた)を回避できたであろう。

 梅沢回想では、梅沢氏本人はK中尉を確認しておらず、伝聞を書き綴ったに過ぎない。米軍には日系二世もいるから、ジープに乗っている人物を遠目でK中尉と思いこんだということは十分あり得る。あとは伝言ゲームでありもしないストーリーが出来上がった。これが一番可能性が高いと思われる。

 そもそも、梅沢氏が挙げるスパイ説の根拠も牽強付会である。日本軍は伝統的に水際防衛だから、水際のマルレ壕は自動的に攻撃対象になっただろうし、空襲後に食料倉庫を心配して見に行った人はいるだろうし、怪しげな電灯信号はスパイ話の定番ネタである。フロッグマンは米軍戦史にも登場するので実際に座間味に上陸した可能性はあるが、話し相手が村民と言うのは眉唾である。全30戦隊の筆頭戦隊であるという梅沢氏の自負は理解するが、米軍からすれば、ワンオブゼムでしかないだろう。

 もうひとつの可能性は、K中尉が、確信犯的に、米軍上陸と同時に投降したというシナリオである。このケースは隣島の阿嘉島で実際に発生している。S少尉は米軍が阿嘉島に上陸した3月26日の2日後に進んで投降している。捕虜尋問調書には「米軍が、阿嘉島に上陸した時、抵抗は無益だと判断し、捕虜になるのを決めた。米軍戦車が彼の潜む壕を封鎖しようとしたとき、進んで投降した」とある。(保坂廣志『沖縄戦捕虜の証言』上 p.196)。

 K中尉については、『マルレの戦史』にも、沖縄戦資料閲覧室の復員記録にも記載が見当たらず、これ以上詳しいことは分からない。

 ちなみに、梅澤氏自身も捕虜になり、米軍と一緒に阿嘉島の戦隊へ降伏勧告をしに行ったが、同氏の捕虜尋問調書はK氏同様残されておらず、『沖縄戦捕虜の証言』に収録されていない。
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有難う御座いました

丁寧な御返事、誠に有難う御座います。
「座間味村に日本軍人のスパイがいた可能性は低い」というお答えにより、疑問が解決しました。
沖縄戦の研究は細かく慎重にやらねばならないという勉強にもなりました。
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技術系の某役所を退職後、あり余る時間を使い、妄説探索の旅へ。理系老人の怪刀乱魔。

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