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8割削減とは何だったのか?   新型コロナの伝染病モデル (2)


 本ブログでの考察は数個の変数を使って伝染状況を記述する数理モデルを基礎にとる。最も単純なものとして、非感染者S、感染者I、隔離者Rの3つの変数を使ったSIRモデルがある。この後の議論の出発点になるモデルなので基本的性質をまとめておく。その後、接触率の削減によって感染流行をどうコントロールできるかを考えてみる。
 参考文献としては、稲葉寿氏と西浦博氏のいくつかの解説[1]、および西浦氏が科学ジャーナリスト協会の要請を受けて行った講演[2]がある。フリーの統計ソフト R を使った解説記事[3]は、時間変化の様子を示すスクリプトが書かれているので、モデルの全体像をつかむ上で役に立つ。

2.1 モデルの設定


 3個の変数 -- 感染する可能性のある人(Susceptibles、本ブログでは可感染者とよぶ)の数、感染者(Infectives)の数、隔離者(Removed、回復者Recoveredとも言う)の数-- を使う。変数は各語の頭文字を使ってS、I、Rで表わし、それらを並べてSIRモデルという。流れは単純で、可感染者が感染して感染者になり、検査を経て隔離される。図式化すれば、図2.1のようになる。

コロナ図2.1

図2.1 SIRモデルの流れ図


可感染者が感染者と接触して感染者になり、感染者が検査を経て隔離される。感染の強さを決めるパラメータが $\beta $、隔離の速さを決めるパラメータが $\gamma $である。


方程式は
\begin{align}
\frac{dS(t)}{dt} &= -\beta S(t) I(t) \tag{2.1}\\
\frac{dI(t)}{dt} &= \beta S(t) I(t) - \gamma I(t) \tag{2.2}\\
\frac{dR(t)}{dt} &= \gamma I(t) \tag{2.3}
\end{align}
で与えられる。ここで $\beta $と $\gamma $は正の定数である。
 さて、この式は、可感染者数 $S $と感染者数 $I $の積に比例して(比例定数 $\beta $)、新たな感染者 $\beta S I $が発生し、同数の人が可感染者数 $S $から除かれることを示す。また感染者数 $I $に比例して(比例定数 $\gamma $)で感染者数 $I $が減じていく。つまり
\begin{align}
日々新規に発生する感染者数&:  \beta S(t) I(t)          \notag \\
日々報告される感染者数  &:  \gamma I(t)         \tag{2.4}
\end{align}
という解釈が成り立つ。ブログ(1)で意味不明とした「感染日別の新規感染者数」と「報告日別の新規感染者数」は、それぞれ「日々新規に発生する感染者数」と「日々報告される感染者数」であると理解される。なお、全体として
\begin{align}
\frac{d}{dt} (S(t) + I(t) + R(t) ) = 0 \tag{2.5}
\end{align}
が成り立つ。つまり、 $S(t) + I(t) + R(t) =一定 $であることに注意する。
 解釈に関する注意をいくつか。隔離者といっても一定期間後に治癒して非感染状態になれば社会に復帰する。しかし、SIRモデルではその人が再感染することは考えないので(免疫は永久)、計算上は $R $に止まったままになる。また不運にも死亡した人も計算上は $R $にとどまる。この意味で隔離者数よりは累積感染者数と言った方が適切である。また、免疫が永久とするので可感染者は非感染者と同じ意味になる。
 現実には個々の感染者が可感染者に接触して感染させ、個々の感染者は発症あるいは検査などで感染者であることが判明して隔離される。このモデルではそうしたミクロな過程は捨象され、平均的な変動を記述している。こうした平均的記述は個々の人が他の人と満遍なく交わる場合には近似的に成り立つと期待される。例えば、各都道府県の一部地域に限定した場合である。しかし、対象領域が広範な場合、例えば日本全国に適用するのは疑問が出てくる
 典型的な変化の様子を図2.2に示す。人口を1千万人 $S(0)=10^7 $、初期感染者を1人 $I(0)=1 $、後述の基本再生産数(感染してから隔離されるまでの間に感染させる平均的人数)=2.5とした場合の結果である。 $S $は単調に減少して最終的には約100万人、 $R $は単調に増大して、約9百万人が感染して隔離される。 $I $は一山を形作り、ピーク値は約220万人である。


コロナ図2.2


図2.2 SIRモデルの典型的な変化


人口を1千万人 $S(0)=10^7 $、初期感染者を1人 $I(0)=1 $、後述の基本再生産数(感染してから隔離されるまでの間に感染させる平均的人数)=2.5、
$\gamma=0.1 $ (感染してから隔離されるまでの平均日数10日)の場合の結果。 $S $は単調に減少して最終的には約100万人、 $R $は単調に増大して、約9百万人が感染して隔離される。 $I $は一山を形作り、ピーク値は約220万人である。
縦軸の目盛で、たとえば「2e+06」は $ 2\times 10^6=200万 $ を表す。



2.2 モデルパラメータ $\gamma $ と $ \beta $


  $\gamma $は感染者の隔離の速さを表しており、実際の感染から隔離までの状況から決める。図2.3は西浦講義ファイルから取った。


コロナ図2.3


図2.3 感染から隔離までの流れ


感染してから平均5.6日で発症する。発症してすぐに検査されたわけではなく7〜8日程度の遅れが生じ、その後検査から1〜2日を経て感染と判断され隔離される。


 この図によれば、感染してから平均5.6日で発症する。悪名高い「体温37度5分以上が4日」ルールなどもあり、発症してすぐに検査されたわけではなく7〜8日程度の遅れが生じ、その後検査から1〜2日を経て感染と判断され隔離される。全体として感染から約2週間程度で隔離される。現状、診断遅れは若干改善されている。東京都の例では月曜の受診者の結果が木曜には出ているようなので、発症後4、5日、全体として感染から10日程度で隔離されていると見られる。
 ところで $\gamma $は平均的な隔離時間の逆数である。したがって
\begin{align}
\gamma = 1/10 = 0.1 \tag{2.6}
\end{align}
を本ブログでは採用する。(注1)
 マスコミなどによって日々報告される感染者数は $\gamma I $であり、 $\gamma = 0.1 $であるから、市中にいる感染者数はマスコミによって報道される感染者数の10倍になる。たとえば東京で500人の感染者が報告されたら市中の感染者は5000人である。
 一方 $\beta $は感染力を示すパラメタであるが、ウィルスの感染力と人間の防御力だけでなく、対人接触状況にも依存する。したがって、これ自体を直接推定することは非常に難しい。しかし、幸いなことに感染者の発生状況から推測される基本再生産数 $\mathcal R_0 $と $\beta $と $\gamma $の間に成り立つ関係式(後述の2.3.1節参照)
\begin{align}
\mathcal R_0 = \beta S(0)/\gamma \tag{2.7}
\end{align}
から逆算可能であり、かつモデルの大局的振る舞いは $\mathcal R_0 $で決まるので、 $\beta $の値そのものが問題になることはあまりない。
 短期的にはウィルスの感染力と人間の防御力は変わらないとし、接触状況も割り切って考えれば、 $\beta $は対人接触率とみなしてよかろう。(2.7)から $\beta $は $\mathcal R_0 $に比例するので、 $\gamma $が不変であるという条件の下で、 $\beta $の削減と基本再生産数の削減は同じ意味を持つ。本ブログ(1)で提起した疑問、「接触の8割削減は基本再生産数の8割削減と同じなのか」はSIRモデルの範囲では、 $\gamma $が不変という条件の下でYESである。ただし、この関係は無症状者が感染させる状況下では成り立たない(ブログ(5)参照)。
  $\mathcal R_0 $の推定は、感染爆発の初期に感染者数の増大状況をもとにするか、感染の山を過ぎてから、最終感染者総数を決める式(後述の(2.13))を使って求めることになるだろう。前者は、PCRの検査の不確実さ、感染者の取りこぼし等の困難があり、これを克服するためのさまざまなテクニックが開発されているようだ。西浦氏の講演と講演視聴者の主たる関心事はこの点にあったように思う。後者の方法は感染爆発期には間に合わないが、第2波、第3波の襲来時に参考にできるだろう。
 世界の感染状況をまとめたサイトCOVID-19 Coronavirus Pandemic[4]では、 $\mathcal R_0 $の値として1.5から3.5が報告されている。

 


2.3 モデルの基本的な振舞い


2.3.1 基本再生産数 ${\mathcal R}_0 $と実効再生産数 ${\mathcal R}_t $


 初期は S(t) を S(0) で近似できるので、(2.2)は
\begin{align}
\frac{dI(t)}{dt} = \beta S(0) I(t) - \gamma I(t) \tag{2.8}
\end{align}
これを解いて
\begin{align}
I(t) = I(0) \exp(\gamma ({\mathcal R}_0-1)t) \tag{2.9}
\end{align}
ここに
\begin{align}
{\mathcal R}_0 = \beta S(0)/\gamma \tag{2.10}
\end{align}
は基本再生産数である。 $\mathcal R_0>1 $なら増大、 $ < 1 $なら減少する。

$1/\gamma $は隔離されるまでの平均日数なので、その時間経過した後の増大率は
\[
\exp(\mathcal R_0-1)
\]
となる。本ブログでは $\gamma=0.1 $を採用したので、10日単位でこの増大率になる。これよりも直感的にわかりやすい量は、倍増に要する日数だろう。これは
\[
\frac{ \log 2}{ \gamma ({\mathcal R}_0-1)}
\]
である。ここで $\log 2 \simeq 0.69 $。この時間をグラフにすれば図2.4の通り。


コロナ図2.4


図2.4 感染者が倍増するまでの日数



 基本再生産係数は初期のもので $t $日における対応するものを実効再生産数 $\mathcal{R}_t $と言う。この量は $ I(t) $ が 指数関数的に増大、つまり $ \exp(\gamma (\mathcal R_t - 1)t) $ に比例するとして定義される。 $ \mathcal R_t $ が時間的にゆっくり変化すると仮定しているので $ \log I(t) $ の接線


\[
\frac{d\log(I(t))}{dt}= \frac{1}{I(t)}\frac{dI(t)}{dt} = \gamma (\mathcal R_t - 1)
\]
から得られる。(2.2)を使って
\begin{align}
\mathcal R_t = \beta S(t)/\gamma = \mathcal R_0 S(t)/S(0) \tag{2.11}
\end{align}
となる。
 図2.2の場合の $\mathcal R_t $の変化の様子を図2.5に示す。


コロナ図2.5


図2.5 実効再生産数 $\mathcal R_t $の時間的変化


図2.2と同条件の場合の変化。



 この図から分かるように、 $\mathcal R_t $は $\mathcal R_0 $から出発して時間とともに減少し、 $I(t) $が急増すると顕著に低下する。これは $I(t) $の増加がS字型なため、その傾きがなまってくるためであるが、この時期は $\mathcal R_0 $の値の推定に適当とは言えない。一方、初期は $\mathcal R_t $が $\mathcal R_0 $付近に安定しているので $\mathcal R_0 $の推定に有利であるが、 $I(t) $そのものが小さいので、ランダムな擾乱の影響を受けやすい。結局、感染者数の立ち上がりを機敏に捉えて $\mathcal R_0 $を推定するのが最善ということになる。
  $\mathcal R_0 $の推定が極めて重要なのは、次節でみるように、このパラメタが大局的振る舞いを決定するからである。

2.3.2 基本再生産数 $\mathcal R_0 $が大局を決める


 初期に感染者が不在の場合( $I(0)=0 $)、感染者は発生せず $I(t)=0 $、非感染者も隔離者も初期の値にとどまる( $S(t)=S(0)、R(t)=R(0)) $。以下の考察ではこうした平和なケースは除外し、初期に感染者が存在、すなわち $I(0)>0 $と仮定する。
 非感染者数 $S $と隔離者数 $R $は常に単純な振る舞いをする。モデルでは $dS/dt <0 $なので、非感染者数 $S $は単調に減少し、一方 $dR/dt >0 $なので、隔離者数は単調に増大する。
 これに対し、 $I(t) $の振る舞いはもう少し複雑であるが、それは $\mathcal R_0 $ により決まる。すなわち図2.6に示すように、 $\mathcal R_0 \le 1 $ならば単調減少、 $\mathcal R_0 > 1 $ならば一山をつくる。いずれの場合も時間を大きくすると0に近づく。(注2)


コロナ図2.2


図2.6 感染者数 $I(t) $の大局的振る舞い


$\mathcal R_0 \le 1 $ならば、単調に減少。 $ \mathcal R_0 > 1 $ ならば一山作る。図は $\mathcal R_0= 0.5と2.5 $の場合を示す。



 また山を作る場合、ピークは $\mathcal R_0 $が大きいほど早い日数で到達し、ピークは高くなる。


コロナ図2.7


図2.7  $\mathcal R_0 $を変えたときの、感染者数 $I(t) $のピークの位置と高さ


$\mathcal R_0 $ が大きいほどピークは早い日数で到達し、高くなる。図は $\mathcal R_0=2.5と5.0 $。初期条件は図2.2と同じ。



  図2.7から分かるように、傾斜は山の登りの方が、下りより急峻である。この違いは $\mathcal R_0 $が大きいほど顕著になる。(注3)
 以上のように大局的振る舞いが決まったので、興味は、1)感染者数(隔離者数)は最終的にいくつになるか、2)感染者数のピーク値はいくつか、3)ピークに到達するまでにどのくらい時間がかかるか、である。

2.3.3 最終的な感染者数


 最終的な感染率 $p $は
\begin{align}
p = 最終感染者数/総人口(= R(\infty)/S(0)) \tag{2.12}
\end{align}
で定義されるが、これは方程式
\begin{align}
1 - p = \exp(-\mathcal R_0 p) \tag{2.13}
\end{align}
の根として与えられる(注4)。最終感染率は $\mathcal R_0 $のみに依存し図2.8の黒線のようになる。


コロナ図2.8


図2.8 最終感染率と集団免疫が成立する静的感染率


(2.13)式で決まる最終感染率 $ p $ (実線) と(2.14)式で決まる静的感染率 $ p_s $ (点線)の $ \mathcal R_0 $ 依存性をプロットした。



 この最終感染率は、集団免疫が成立する静的感染率
\begin{align}
p_s = 1 - 1/\mathcal R_0 \tag{2.14}
\end{align}
より大きいことに注意する。たとえば $\mathcal R_0=2.5 $の場合を考えよう。6割が感染すれば、次の感染の初期人数は $S(0)\times (1-0.6)=0.4\times S(0) $ となるので、基本再生産数は $\beta \times 0.4\times S(0)/\gamma=0.4 \times \mathcal R_0= 1 $となり、感染爆発はおきない。しかし、(2.13)で与えられる最終感染率は9割程度あって、(2.14)で与えられる静的感染率 $ p_s $ の6割を大きく上回る。言い換えると、感染を放置すると、新たに感染者が発生しても感染爆発を起こさないために必要な感染者数よりずっとたくさんの人を感染させることになる。
 では感染をコントロールして、最終感染率を下げて静的な限界値 $ p_s $ に近づけることができるかだが、これは肯定的である。この問題は第2.4節で述べる。
 なお、$ p > p_s$は、放置して感染流行を終了させると、静的感染率を超える感染者が発生するため、新たな感染者が流入しても感染爆発は起きないことを意味している。(注5)

2.3.3 ピーク時の状況


  $I(t) $がピークに到達する時刻を $t_p $とすると、ピーク値 $ I(t_p) $は
\begin{align}
I(t_p)/S(0) = I(0)/S(0) - 1/\mathcal R_0 + 1 + (1/\mathcal R_0) \log(1/\mathcal R_0) \tag{2.15}
\end{align}
で与えられる。(注6) 図2.9は感染者 $I(t)/S(0) $ではなく、 $\gamma $をかけて日々報告される感染者数 $\gamma I(t_p)/S(0) $の $\mathcal R_0 $依存性を示す。


コロナ図2.9


図2.9 ピーク時における日々報告される感染者数


日々報告される感染者数のピーク値(を総人口割った)の $\mathcal R_0 $依存性を示す。



 ピークに到達する時間 $t_p $は初期値 $I(0) $に強く依存する。 $I(0) $が小さいとピークへの到達時間は大きくなるが、大部分は $I(t) $の小さい、いわば助走期間で稼いでいる格好になるので実用性は薄い。ある程度活動が目立つようになって(総人口に対する割合が $10^{-5} $(10万分の1)、東京なら毎日の隔離者が100人程度)、これが、10倍、100倍になる時刻を求めるほうが実用性があるだろう。


コロナ図2.10


図2.10 日々報告される感染者数が増大するに要する日数


日々報告される感染者数の総人口に占める割合が $10^{-5} $になってから、この10倍、100倍になるまでに要する日数。


2.4 感染の制御


 感染を放置したままにすると最終的には集団免疫が成立するが、最終感染者数は集団免疫の静的な限界値よりもかなり大きくなることを第2.3.3節で述べた。本節では感染をコントロールすることにより静的な限界値に下げられることを述べる。
 図2.2の $\mathcal R_0=2.5 $の状況に操作を加えることを考える:途中90日で接触率を削減(8割削減と5割削減)を行い、活動が収まった200日に元の接触率に戻す。
 図2.11で、マゼンタ色と灰色のグラフは図2.2で示したものと同じで、 $\mathcal R_0=2.5 $のまま事態を推移させた感染者数 $I(t) $と隔離者数 $R(t) $である。 $R(t) $の最終値は(2.13)で与えられる最終感染率に総人口1千万をかけた人数である。
 感染が増大し始めた90日で $\beta $に削減率8割ををかけたところ、 $I(t) $は作るはずだったマゼンタ色のピークが消滅して収束に向かう。収まったと見える200日で元の $\beta $に戻したら、マゼンタほどの規模ではないが最初より大きなピークができた。黒色の隔離者数は最終的には8割強の値で、何もしなかった場合より改善している。


コロナ図2.11


図2.11 8割削減を1回加えた場合の感染者数の変化


90日で $\beta $を8割削減、200日で平常復帰。第1波より第2波の山が大きい。



 図2.12は図2.11と同じ趣旨で、違いは削減率を8割から5割に減らしたものである。削減率を減らしたことにより最初のピークは図2.11よりも大きくなったが、第2波のピークはずっと小さく、全体として最終的隔離者数は7割程度で図2.11より事態は改善している。


コロナ図2.12


図2.12 5割削減を1回加えた場合の感染者数の変化


90日で $\beta $を5割削減、200日で平常復帰。第2波の大きさは小さくなった。最終感染者数も図2.11より改善した。

 複数回削減をかけたほうが最終感染者数を下げるのに有利だと考えられる。図2.13は8割削減を90日と250日でかけ、200日と400日で平常復帰した場合である。最終感染者数は は8割削減1回の図2.11より改善している。しかし、第1波と第2はより大きな第3波が襲来ている。
 図2.14は5割5分削減を90日と250日でかけ、200日と400日で平常復帰した場合である。第3波の襲来はなく、最終感染者数も静的な平衡値6割に近くなっていて、軟着陸にほぼ成功している。
 以上のモデル計算から、8割削減と言った強力な削減を繰り返すよりも、5、6割と言った中程度の削減を実施したほうが最終感染者数と削減実施期間の面から有利らしいことがわかる。


コロナ図2.13


図2.13 8割削減を2回加えた場合の感染者数の変化


90日で $\beta $を8割削減、200日で平常復帰、250日で8割削減、400日で平常復帰。


コロナ図2.14


図2.14 5割5分削減を2回加えた場合の感染者数の変化


90日で $\beta $を5割5分削減、200日で平常復帰、250日で5割5分削減、400日で平常復帰。


2.5 まとめ
2.5.1 SIRモデル
 SIRモデルは、非感染者( $ S $ )、感染者( $ I $ )、隔離者( $ R $ )を使ったモデルで、非感染者が感染者と接触して感染者となり、検査を経て隔離される。モデルは感染の強さを表す $\beta $ と 隔離の速さをあらわす $ \gamma $の2つのパラメタで規定される。モデルの大局的振る舞いは、
\begin{align}
\mathcal R_0 = \beta \times 最初の非感染者数 \div \gamma \tag{再掲2.7}
\end{align}
で与えられる基本再生産数 $ \mathcal R_0 $ -- 感染してから隔離されるまでに感染させる平均的人数 -- により定まる。
 非感染者数 $ S $ は経過日数に関して単調減少、隔離者数 $ R $ は単調増加である。
 感染者数 $ I $ は $ \mathcal R_0 $が1以下の場合、経過日数に関して単調減少である(感染流行なし)。 $ \mathcal R_0 $が1より大きい場合、一山作る(感染流行は1回)。いずれの場合も感染者数は最終的に0に近づく。
 感染流行が終わった時には集団免疫が成立する。すなわち外部から感染者が流入したとしても再流行することはない。
 感染流行が終わった時の最終感染率は、集団免疫が成立する静的感染率よりかなり大きい。たとえば $ \mathcal R_0 =2.5 $ のとき、静的感染率が6割であるのに対し、流行終了時の最終感染率は約9割になる。ここで、集団免疫が成立する静的感染率とは外部から新たに感染者が流入したとしても感染流行に至らない最小の感染率である。
 外出禁止などの操作で感染をコントロールすれば、感染流行が終わった時の最終感染率を集団免疫が成立する静的感染率まで下げることは可能である。

2.5.2 現実の問題
1.削減率の意味
 ブログ(1)で削減率が何を表すかという問題を提起した。まず感染率 $ \beta $ の削減と考えるのが最も自然で、本ブログは一貫してこの立場をとる。(再掲2.7)から基本再生産数 $ \mathcal R_0 $ は $ \beta $ に比例するので基本再生産数 $ \mathcal R_0 $ の削減率と解釈することもできる。ただし、無症状感染者の存在を考慮すると比例関係は成り立たないので(ブログ(4)参照)、この解釈は一般には成り立たないことに注意する必要がある。
 もう一つマスコミ関係で流れているのが、外出率、あるいは市中の人込みの削減である。外出率を例えば8割削減すれば非感染者数 $ S $ は $ 0.2S $ へ、感染者数 $ I $ も $ 0.2I $ になる。感染者の増加は
\[
\beta \times S \times I
\]
で与えられるから、削減の結果は $ \beta \times 0.2S \times 0.2I= 0.04\beta S I $ であり、感染率でみれば0.04倍、つまり削減率にして9割6分にもなる。感染率の8割削減を達成するには外出率の5割5分減で十分である( $(1-0.55)\times (1-0.55)= 0.2025 $)。

2.基本再生産数の削減は隔離の速度を大きくすることでも達成できる
 感染の大局は基本再生産数 $ \mathcal R_0 $ (再掲2.7)で決まる。これは $ \beta $に比例するので、 $ \beta $を小さくすることを前提に話を進めてきた。
 ところが、 $\mathcal R_0 $は感染者を隔離する速度 $\gamma $にも依存し、これを大きくしても基本再生産 $\mathcal R_0 $を下げることができる。これは、PCR検査の数を増やして感染者を素早く隔離することである。今年の3月4月ころは $\gamma = 1/15=0.067 $であった。これを現在の0.1にすることにより $\mathcal R_0 $は10/15= 0.67で、感染率の3割3分削減と同じ効果を持つ。
 図2.3で感染から発症まで平均5.6日かかるから、PCR検査の対象者を発症者に限ればこれ以上短くすることは無理である。しかし無症状者へも検査を拡大すればさらに $ \gamma $は大きくなる。検査に要する日数を入れても2日にできたとすると $\gamma = 1/2 =0.5 $で、3月4月ころの $ \gamma = 1/15 $と比較して $\mathcal R_0 $は $1/7.5\simeq 0.13 $倍になり、大騒ぎした感染率8割削減が実現できてしまう。
 隔離といっても無期限ではなくほとんどの人は2週間以下であり、大規模なPCR検査も諸外国で実施できているわけだから、非常事態宣言などによる大規模な経済活動の自粛よりずっと実施が容易なはずである。にもかかわらず、今日に至るも実現できていないのは誠に遺憾である。
  $ \gamma $ を大きくして基本再生産数を下げることは、市中を徘徊している感染者を可及的速やかに収容して感染拡大を防ぐという当然の作業を指しているに過ぎない。したがってモデルによらず普遍的に成り立つはずである。

3.集団免疫について
 感染した人は一定期間免疫を保持するので、感染者が増えれば基本再生産数 $\mathcal R_0 $が1以下になり感染爆発は抑えられる。これを集団免疫という。死亡率と後遺症を考えれば、とるべき方策とはブログ人は考えないが、主張する人はかなりいるように見える。
 仮にこの方策を採るとしても、感染流行を放置してはいけない。感染拡大の勢いがついて、最終感染者数は、集団免疫が成立する静的な値よりかなり大きくなるからだ(第2.3.3節)。
 外出制限やさらにロックダウンなどの処置により感染流行を制御すると、最終感染者数は集団免疫が成立する静的値に近づけることができる。興味深いのは強力な対策よりも、穏やかな対策の方が効率が良さそうに見えることである(第2.4節)。

4.何度も流行が起きる
 SIRモデルでは感染の山は高々1回であった。実際には第1波、第2波...と何度も襲来することが珍しくない。その理由として、第2.4節で考察したように
  1. 感染の山は高々1回という結論は、 $\mathcal R_0 $が途中で変わらないことが前提になっている。実際には流行が始まると感染拡大を防ぐための何らかの対処策が取られるから $\mathcal R_0 $は小さくなって、当初より短い期間に小規模で収束する。ここで、もとの $\mathcal R_0 $の生活を始めれば、再び感染拡大が始まる。

が考えられる。このほか
  1. SIRモデルは隔離者は死亡するかあるいは免疫を獲得して社会復帰する。この免疫の消失が新型コロナでも確認されている。この過程を組み込むと(SIRSモデルと呼ばれる)、複数回流行が発生する。

  2. 新型コロナでは、感染してもかなりの人が発症しない。今の検査システムでは、感染者の濃厚接触者として検査対象になることもあるが、多くは発症しない限り検査されない。流行が収束したように見えるのは主に発症者を見ているからであって、実際にはその背後にある多数の未発症者を考慮しないためである。

という可能性もある。2.と3.についてはブログ(5、6)で取り上げる予定である。

5.感染の規模
 現在、大規模な感染爆発を目撃しつつあるのだが、SIRモデルが予想する大きな値まではいかないと思われる。その理由はこのモデルは個々人が他の人と満遍なく接触し得るという状況を前提としているからである。現実には個々人は日々限定された人としか接触していない。通勤電車やスーパーなどでは不特定多数と接触するわけだが、前者では通勤沿線に居住する人だろうし、スーパーも居住地域の住民におおむね限定されているだろう。これは感染拡大の範囲をブロック内に抑え、全体としては拡大抑止方向に働くと考えられる。最近まで実行されていたGoTo トラベルキャンペーンは日本全国に対してSIRモデルが成り立つ方向に作用するから、結果として感染が全国規模に広がった。

注 釈


(注1)

 (2.2)式で $\beta=0 $、つまり新規の感染者が全く発生しない状況では
\[
I(t) = I(0) \exp(-\gamma t)
\]
となる。 $I(t)/I(0) $は、1人の感染者が時刻 $t $で隔離されていない確率と解釈することができる。すなわち $\tau $を隔離されるまでのランダムな時間として、 $t $でまだ隔離されていない確率
\[
P(\tau > t) = \exp(-\gamma t)
\]
とみなせる。密度関数は $dP(\tau\le t)/dt = \gamma \exp(-\gamma t) $であるから、 $\tau $の平均は
\[
E[\tau] = \int_0^\infty t \gamma \exp(-\gamma t) dt =1/\gamma
\]
となる。

(注2)
\[
(2.2)の右辺 = \gamma (\mathcal R_0 S(t)/S(0) -1) I(t)
\]
と書いて $S(t) $が $t>0 $で狭義の単調減少であることに注意すると
\[
\mathcal R_0 S(t)/S(0) -1 <\mathcal R_0 -1
\]
かつ $S(\infty)/S(0) <1 $なので、 $\mathcal R_0 \le 1 $の場合、 $dI/dt < 0 (t>0) $であり、 $I(t) $は(狭義の)単調減少になる。また、
\[
dI/dt \le \gamma (\mathcal R_0 S(1)/S(0) -1)I \qquad (t \ge 1)
\]
かつ、 $ S(1)/S(0) < 1 $ なので、常微分方程式に対するグロンウォールの不等式から
\[
I(t) \le I(1) \exp\{\gamma (\mathcal R_0 S(1)/S(0) -1) t\} \rightarrow 0 (t \rightarrow \infty の時)
\]
で、 $I(t) \rightarrow 0 $が言える。
一方 $\mathcal R_0 > 1 $の場合、
\[
f(t) =\mathcal R_0 S(t)/S(0) -1
\]
は $f(0) =\mathcal R_0-1 >0 $で、 $ S $ と同じく単調に減少する。かつ後述するように $f(\infty) = \mathcal R_0 S(\infty)/S(0)-1 <0 $ なので $f(t)=0 $となる $t=t_p $がただ1つ存在し、
\begin{align}
S(t_p)= S(0)/\mathcal R_0 \tag{2.16}
\end{align}
を満たす。 $ t<t_p $ において $ dI/dt >0 $で単調増大、 $ t>t_p $ において $ dI/dt <0 $ で単調減少なので $ I(t) $ は $ t=t_p $ でピークに達する。また $ t $が十分大きい時、 $ \mathcal R_0 S(t)/S(0) -1 < (1/2)f(\infty) $ とできるので、グロンウォールの不等式から $ I(t) は\exp(0.5\gamma f(\infty)t) $ の定数倍で押さえられ、 $ t \rightarrow \infty $ で0に収束する。
 ところで、 $ f(\infty) = \mathcal R_0 S(\infty)/S(0)-1 <0 $ は次のように示される。最終感染者を決める式(2.17)(後述)で $ t\rightarrow \infty $ として $ I(\infty)=0 $ を使うと
\[
- I(0)/S(0) = - S(\infty)/S(0) + 1+ (1/\mathcal R_0 )\log (S(\infty)/S(0)).
\]
すなわち
\[
g(x) = x - \exp\{(x-1 - I(0)/S(0))\mathcal R_0\}
\]
とおくと $S(\infty)/S(0) $ は $g(x)=0 $の一意的解として求まる。ところで
\[
g(0) = - \exp(-(1 + I(0)/S(0))\mathcal R_0) <0
\]
また
\begin{align*}
g(1/\mathcal R_0) &= 1/\mathcal R_0 - \exp(1 - \mathcal R_0(1+ I(0)/S(0))) \\
&\le \exp(1 - \mathcal R_0) - \exp\{1 - \mathcal R_0(1+ I(0)/S(0))\}\\
&= \exp(1 - \mathcal R_0) \{1- \exp(-\mathcal R_0(I(0)/S(0))\} >0
\end{align*}
である。ここで $\mathcal R_0 \exp(1-\mathcal R_0) \ge 1 (\mathcal R_0 \ge 1に対して) $を用いた。これらから $g(x)=0 $となる $x=S(\infty)/S(0) $は $1/\mathcal R_0 $より小さい。すなわち $f(\infty) = \mathcal R_0 S(\infty)/S(0)-1 <0 $が従う。

(注3)
 減衰末期の傾きは増大初期の傾きより小さい。初期 $t_1 $においては $S(t_1)\simeq S(0) $と考えてよく、傾きは
\[
\gamma (\mathcal R_0 - 1)
\]
である。一方減衰末期 $t_2 $では $S(t_2)\simeq S(\infty) $と考えてよく傾きは
\[
\gamma |\mathcal R_0 S(\infty)/S(0) - 1| I(t_2)
\]
である。 $I(t_1)= I(t_2) $とすれば因子 $S(\infty)/S(0)<1 $ の分だけ小さくなる。傾きの比をプロットしたのが図2.15である。


コロナ図2.15


図2.15 感染者数 $I(t) $の下りの傾き/上りの傾き


$\mathcal R_0 $ が大きいほど下りの傾きは、上りの傾きに比して緩やかになる。



(注4)最終感染者数を決定する方程式
  $S(t) $は $t $の狭義の単調関数なので、 $S $を与えれば $t $は一意的に決まる。それゆえ $S $を時計の代わりに使用できる。
\[
I(t) = \tilde{I}(S(t))
\]
とおく。(2.2)を
\[
\frac{d\tilde{I}(S)}{dS} \frac{dS}{dt} = \beta S \tilde{I} - \gamma \tilde{I}
\]
(2.1)を使って $dS/dt $を書き換えると
\[
\frac{d\tilde{I}(S)}{dS} = -1 + (\gamma/\beta) \frac{1}{S}
\]
両辺を積分して
\[
\tilde{I}(S) - \tilde{I}(S_0) = -S + S_0 + (\gamma/\beta) \log(S/S_0)
\]
$S = S(t)、S_0 = S(0) $とおくと $\tilde{I}(S(t)) = I(t)、 \tilde{I}(S(0))= I(0) $
なので
\begin{align}
I(t) - I(0) = -S(t) + S(0) + (\gamma/\beta) \log (S(t)/S(0)) \tag{2.17}
\end{align}
$t \rightarrow \infty $ で $I(t) \rightarrow 0、S(t) \rightarrow S(\infty) $であるから
\begin{align}
\exp(\mathcal R_0 (S(\infty)/S(0) - 1) -\mathcal R_0 I(0)/S(0)) = S(\infty)/S(0) \tag{2.18}
\end{align}
通常、 $\mathcal R_0 $は大きくても3から4で、かつ $I(0)/S(0) <<1 $ なので左辺第2項は無視できる。結局
\[
\exp\{\mathcal R_0 (S(\infty)/S(0) - 1) \} = S(\infty)/S(0)
\]
ここで
\[
p = 1 - S(\infty)/S(0)
\]
と置けば、(2.13)式を得る。

(注5)
 流行終了後に $S $の値は $S(\infty) $であるから、新たな感染者が流入した場合 $S $の初期値は $S(\infty) $となる。すなわち
\begin{align}
\mathcal R_0^\prime = \beta S(\infty)/\gamma \tag{2.19}
\end{align}
が新たな基本再生産数になる。 $ \mathcal R_0^\prime<1 $を示す。まず
\[
f(x) = x + (1-x) \log(1-x)
\]
に対して、 $0\le x<1 $で $f(x) >0 $であることに注意する。
これは $f^\prime(x) = - \log(1-x)>0とf(0)=0 $から
言える。 $x=p = 1- S(\infty)/S(0) $とおくと、
\[
- \frac{1-p}{p} \log(1-p)<1
\]
一方
\begin{align}
1- p = \exp(- \mathcal R_0 p) \tag{再掲2.13}
\end{align}
を満たすから
\[
\mathcal R_0 = -(1/p)\log(1-p).
\]
したがって
\[
\mathcal R_0^\prime = (1-p) \mathcal R_0 = -\frac{1-p}{p} \log(1-p) <1
\]

(注6)
  $I(t) $がピークに到達する時刻を $t_p $とすると、 $S(t_p)/S(0) = 1/\mathcal R_0 $ (2.16)であるから、これを(2.17)式に代入して、(2.15)式が得られる。

文 献
[1]稲葉寿「ケルマックーマッケンドリック伝染病モデルの再検討」2002年
   西浦博・稲葉寿「感染症流行の予測:感染症数理モデルにおける定量的課題」統計数理54巻 2006年
   稲葉寿「微分方程式と感染症数理疫学」数理科学 No.538 2008年
   稲葉寿「感染症の数理」医療とアクチュアリー講演 2009年
   稲葉寿「マッケンドリック方程式奇譚」JSMB Newsletter No.88 2019年
[2]西浦博「実効再生産数とその周辺」日本科学技術ジャーナリスト会議講演録 2020年5月12日
[3]「Rとパンデミックの数理モデル 新型コロナウィルス(COVID-19)研究を例に」
[4]COVID-19 Coronavirus Pandemic








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技術系の某役所を退職後、あり余る時間を使い、妄説探索の旅へ。理系老人の怪刀乱魔。

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