新型コロナの話題 2度目の緊急事態宣言
新型コロナ感染者の急増を受けて、1月7日、関東の1都3県に対して緊急事態宣言が発せられた。 昨年4月7日に続いて2度目になる。前回、宣言発出後に事態は急速に改善方向に向かったが、今回はどうか。宣言発出後10日経過した時点での数理モデルによる見立てを述べてみたい。
1 宣言発出時の見立て
図1は宣言発出日(1月7日)までの、東京における日々報告される感染者数(棒グラフ)と実効再生産数(折れ線グラフ、1人の感染者が感染してから隔離されるまでに感染させる人数、1より大きいと感染拡大、小さいと感染収束)を示す。
図1 東京における日々報告される感染者数と実効再生産数 $ \mathcal R_t $
2020年3月1日~2021年1月7日、エラーバーは標準偏差
感染者数は11月以降、増加傾向にあったが、12月31日に1337人と初めて1000人を越え、緊急事態宣言発出時には2447人と2000人を突破した。これに対応して実効再生産数も12月初には1を少し超える程度だったのが1.4程度まで上昇した。
しかしながら、こうした変動が感染状況を忠実に表しているとは考えにくい。年末年始の長い休暇でPCR検査数が大きく落ち込むなど、検査条件の一様性が破れているからだ。そこで、年末年始の状況は別途考察するとして、状況を単純化する。すなわち、基本再生産数は12月初めころの値1.1、宣言発出時の報告感染者数を2000とする。宣言発出時に接触率の削減をかけたとして感染者数の減衰シナリオを描いたのが図2である。削減率は20%、40%、60%の3通りである。(手法については 8割削減は何だったのか?3,4を参照されたい。(注1)
図2 削減実施後の日々報告される感染者数
縦の灰色実線で示した開始日に削減を実施。それから約5~6日後にピークに達し、その後削減率に応じた減衰を示す。削減率は、赤は6割、橙は4割、緑は2割である。縦の灰色点線は削減開始から30日後、横の灰色実線は500人である。30日後に500人以下という目標を達成するには4割以上の削減を実施する必要がある。
このグラフで灰色の縦線は、削減開始日(宣言発出の翌日)である。これから数日経てからピークを打ち、その後減衰する。削減率に応じて緑(2割)、橙(4割)、赤(6割)に色分けしてある。削減開始からピークを打つまでの変化の様子は削減率による違いはほとんどない。その後の減衰の速さは削減率で大きく異なる。縦の灰色点線は削減開始後30日、また灰色横線は西村大臣が東京での解除の目安とした感染者数500人である。
このグラフから、標語的には:「30日以内5百人」を達成するには、削減率は、2割は不可、最低でも4割、可能なら6割、ということになる。
なお、削減後の変化の様子だが、ピークを打つまでの状況が、削減率にほとんどよらないのは、急速に削減した場合の結果である。「8割削減とは何だったのか?(3)」で述べたように、何日かかけて下げた場合、削減率が小さいほどピークの位置は後にずれ、ピークは高くなる。
NHKのニュースで放送された西浦博氏の予測は次のようだったと記憶する。削減前の基本再生産数を1.1とし、削減後を1.0、0.9(約2割削減)、0.7(約4割削減)の3通りの場合に対して(指数関数を当てはめた?)予測曲線が示されていた。結論は「小さな削減では事態の改善は無理」である。これは時間遅れの部分を除けば、本ブログの結果と概ね合致する。
2 10日後の見立て
図3は図1と同じく、日々報告される感染者数と実効再生産数を1月17日まで延長したものである(ただし期間は12月1日以降)。前節のシナリオによれば、削減率にかかわらず、感染者数は峠を越していると期待される。実際、感染者数は宣言発出日の2447人を越えることはなく、実効再生産数も1以下にまで下がってきている。ただし、今回も1月9、10、12日の3連休があって、PCR検査数が大きく減っているため、判断が難しい。
図3 東京における日々報告される感染者数と実効再生産数 $ \mathcal R_t $
2020年12月1日から2021年1月17日
そこでアプローチを変えて、人の動きから推測することを試みる。図4はこの期間を含めてアップル移動度(walking、東京23区)をプロットしたものである。この指数がどのように決められたのか知らないが、基準日(2020年1月13日)の値を100とした人出を表していると思われる。これによれば移動度は確かに減少したのだが、その開始時期は宣言発出後ではなく12月28日以降であること、直近に減少率が小さくなっていることがわかる。減少率をみるために青、赤、橙の横線を引いた。基準となる青の時期(ここでは実効再生産数は1.1であった)から見て、赤は3割減、橙は1割5分減である。言い換えると、人出は赤の時期は $ p= 1 -0.3=0.7 $ 倍、橙の時期は $ p= 1 -0.15=0.85 $ 倍になっている。
図4 東京におけるアップル移動度
横線(青、赤、橙)はそれぞれの機関におけるアップル移動度の中央値。赤の網掛は緊急事態宣言の発出期間。
新規に発生する感染者数は、感染係数 $ \beta $ 、非感染者数 $ S $ 、感染者数 $ I $ として、 $ \beta S I $ で与えられる。人出が $ p $ 倍になったのだから、 $ SもI $ も $ p $ 倍で、新規に発生する感染者数は $ p^2 $ 倍になる。赤の時期は $ p^2 \simeq 0.5 $ 、橙の時期は $ p^2 \simeq 0.7 $ である。
ただし、この換算はいわゆる接待を伴う飲食店には適用されないだろう。 $ S $ は $ p $ 倍になるが、お店が提供するであろう $ I $ はほとんど変わらないだろうから。この場合、倍率は、赤の時期は $ p=0.7 $ 、橙の時期は $ p=0.85 $ がそのまま出てくる。
$ p^2 $ 倍の部分と、 $ p $ 倍の部分が混在することになるので、上記の幅をつけるほかない。赤の時期は0.5~0.7、橙の時期は0.7~0.85である。接触の削減率では言えば、赤の時期は0.3~0.5、橙の時期は0.15~0.3、歩合で言えばそれぞれ3割~5割、1割5分~3割となる。図2での位置は、赤の時期:赤線と橙線の中間~橙線と緑線の中間の範囲、橙の時期:橙線と緑線の中間~緑線の上の範囲になる。
結論的には、図4の赤の時期の低い人出のレベルを維持できれば何とか勝負形に持ち込めるかもしれないが、橙の時期のように緩んでしまっては望みはないということになる。
人出のデータに関しては、アップル移動度を用いたが、NHKのサイト 特設サイトコロナウィルス(街の人出は?全国18地点グラフ)に携帯電話のデータを用いた結果が出されている。東京に関しては、東京駅、渋谷スクランブル交差点、新宿歌舞伎町(夜)、銀座(夜)、六本木(夜)が取り上げられている。
図5は渋谷スクランブル交差点のものである。人出の減少は12月31日に始まっており、Apple移動度と同じく、直近で増加しているように見える。他の地点でも人出の減少は12月28日から1月1日にかけて始まっているが、直近の増加が必ずしも認められるわけではないようだ。今後の人出がどうなるか注視したい。
図5 携帯電話情報による人出(渋谷スクランブル交差点)NHK資料
次に、これまでの議論ではひとまず目をつぶった年末年始の状況を考察する。
日々報告される感染者数は長い連休でPCR検査数が大きく変動するためこの目的に適さない。実は、幸いにもPCR検査数の変動の影響を受けにくいデータ 「発症日別の感染者数」が存在する。これから感染日を推定して年末年始の状況を調べよう。感染から発症までの期間は5日付近に分布するのだが、簡単のため $ 発症日-5日 $ を感染日とする。発症日のデータが確定するのに約10日遅延し、感染日はそれより5日さかのぼるので、本ブログの日付18日より15日前、すなわち1月3日までのデータが利用できる。図6はこの期間の感染日別の新規感染者数と実効再生産数の変化である。
図6 感染日別の感染者数と実効再生産数
網掛(赤)は緊急事態宣言の発出期間、網掛(橙)は都知事による飲食店への時短要請。x軸上の線分は、GoTo トラベル(橙)、Go To イート(赤)。また×(マゼンタ)はアニメ「鬼滅の刃」の劇場公開。
これによれば年末から年始にかけて想定外の事象が起きていたことが分かる。この期間に感染した人が急増しているのだが、アップル移動度その他で見た人出はこの時期下がっているのだ。この原因を突き止めて対策を講じないと、「頑張って人出を減らしたが、感染の抑え込みには結局失敗した」ということになりかねない。
ごの事象が生じた理由としては
1. 外に出なかったが、家庭内の感染が増えた。
2. 年末年始で気が緩んだ。
3. 民間のPCR検査が増え、それが加算された。
が考えられる。これ以外に年末年始に寒波が襲来していたということも影響したかもしれない。
日々報告される感染者数の10倍程度の感染者が市中にいる(8割削減とは何だったのか?(1))。2000人と報道されたら市中感染者は2万人である。このように、市中に感染者が蔓延した状況で外出を止めることは家庭内感染を増やすことになる。また、最近のマスコミ報道によれば、入院先あるいは隔離先が確保できないため自宅待機になる人が非常に増えている事情も影響するかもしれない。
年末年始で気が緩んだということは、有りうる話で、親族あるいは親しい人との懇談で感染者が出たことは報道されていた。
年末には2000円程度の民間PCR検査サービスが開始され、多くの人が殺到したと報じられていた。この検査結果が都の集計に直接加えられることはないようだが、陽性判定を受けた人が「陽性判定を受けたのできちんと調べてもらいたい」と都の正規のルートで要請することは十分考えられる。これが受け入れられれば陽性者は増えるだろう。
幸いなことに感染の増加は12月30日をピークに収まりつつあるようだが、いつまた牙をむいて来るやもしれない。早急に原因を突き止めて適切な対応を取ることを当局には期待したい。
3 前回の緊急事態宣言との比較
図7は前回の状況を示したもので、日々報告される感染者数とアップル移動度データをプロットしている。赤い網掛け部分は宣言が発出された期間である。感染者数は、緊急事態宣言発出後すみやかにピークを打ち減少した。これから宣言が極めて有効に作用したように見えるかもしれないが、この分析は正しくないだろう。減衰開始の時期がモデルが推測する時期より早いからである。
それが何だったかを探ってみよう。アップル移動度は3月28日(土)に値が急降下し、それが緊急事態宣言発出期間を通じて持続したことが分かる。この急降下は、3月24日にオリンピックの延期が発表され、帰国者から多数の感染者が出ていたところに、27日、感染流行地である欧州の主要国からの入国禁止、都知事から週末の外出自粛と都内公共施設の閉鎖が発表されるなど、立て続けに重要な情報が発信されたためとみられる。また、同じころに、JALやANAの欧州からの帰国便が停止になり、全国的にみても感染者の流入が止まった(Openブログ氏の指摘)。感染者数の早期の減少はこれら全体の影響とみるのが正しいだろう。その後は緊急事態宣言に伴う措置による効果も加わり、事態は急速に好転した。今回は外部からの感染者流入もなく、政治的メッセージのインパクトも小さく、前回のような即効性は期待しにくい。
なお、前回の8割削減と6割5分削減に、比べると今回は6割と2割であったからずいぶん緩い規制だと思われるかもしれないが、そうではない。前回の直前の再生産数は2.5で、今回は1.1であったことを思い起こす必要がある。前回の8割削減は $ 2.5 \times 0.2 = 0.5 $ 、6割5分削減は $ 2.5\times 0.35 = 0.875 $ 、これに対し今回の6割削減は $ 1.1\times 0.4 = 0.44 $ 、2割削減は $ 1.1\times 0.8 = 0.88 $ であり、絶対値でみればほぼ同等である。
図7 東京における日々報告された感染者数とApple移動度
2020年3月~5月31日 赤い網掛は緊急事態宣言が発出されていた期間。
4 飲食店への規制
緊急事態宣言では、テレワークの7割達成による人出の削減以外に、飲食店の営業時間の短縮の効果にも期待をかけている。12月23日の「新型コロナウィルス感染症対策分科会」(第19回)は10月以降の東京都の約1万8千例から次のように推論している(pdfファイルの74頁/全164頁)。感染経路が判明しているものは、最大の家庭内でも16%しかなく、飛びぬけて大きい項目は「不明」で全体の67%もある。この多くが飲食店における感染と推測している。理由は3つあり
・クラスター分析によれば、飲酒を伴う会食のリスクが極めて高い。
・感染経路の判明率が高い地方のデータ解析によれば、飲酒を伴うクラスター感染が多い。
・欧州でレストランを再開すると感染拡大した。
時短は今回の緊急事態宣言以前にすでに都知事から2度要請されている。図6の橙で網掛けした2か所である。内容は「営業時間:朝5時から夜10時まで」である。1回目は、8月初から中下旬にかけて感染者数及び実効再生産数に若干の低下が認められる。しかし、2回目はほとんど効果は認められず、要請をあざ笑うかのごとき様相を呈している。
横軸にGOTO トラベル(橙色線)、GOTO イート(赤色線)、アニメ「鬼滅の刃」の劇場公開(マゼンタ×印)を記した。GOTO イートは期間が短いのではっきりしないが、GOTO トラベルの対象に東京が加わって以降に感染者数が増加しており、影響があったと見られる。このほか、アニメ「鬼滅の刃」の劇場公開後に実効再生産数が増大し、感染者数の増加が加速したことにも注意したい。
今回の緊急事態宣言では、要請された営業終了時刻は夜10時から、8時に繰り上げられた。これがどの程度効果があるのか見積もりは困難である。
注 釈
(注1)削減前の初期値は次のように作った。基本再生産数1.1、初期に感染者数が500人いたとして、「8割削減とは何だったのか?(3)」の運動方程式を解き、日々報告される感染者数が2千人を越えた時に、感染係数を削減した。緊急事態宣言発出時に変数の初期値を推定するところから出発するのが、正当であるが、この部分のプログラムができていないので、試みていない。過去の履歴がなく現在時の値だけで初期値が決まるSIRモデルと違った面倒くささがある。
スポンサーサイト