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8割削減とは何だったのか?  新型コロナの伝染病モデル (5)


 感染状況を知る指標に実効再生産数がある。これは一人の感染者が感染してから隔離されるまでの間に感染させる人数をその時点で評価したものである。ウィルスの感染力と社会の生活様式で基本的に定まると考えられ、感染力の強いウィルスの変異種が出現したとか、あるいは大規模な宴会を開いたというようなことがない限り、安定した値を示すはずである。
 ところが、状況にそうした変化が見られないにもかかわらず、実効再生産数が急増することがある。この場合に疑われるのは、外部からの感染者の流入である。
 今回この問題を論じる。例として、ヨーロッパのウィルスを旅行者が持ち帰ったために生じたと言われている昨年3月中旬以降の感染拡大を取り上げる。

5.1 実 例


 図5.1は昨年4月の緊急事態宣言の発出前後の状況である。3月20日過ぎから感染者数が急増し、これに合わせて実効再生産数が1以下から2あたりまで増大している。

コロナ図5.1


図5.1 感染者数と実行再生産数(全国)


第1回目の緊急事態宣言が出されたころの日々報告された感染者数と実効再生産数。ピンク色の網掛けをしたところで実効再生産数が急増している。日々報告される感染者数がピークを打ったのは、実効再生産数の増加が止まってから約2週間後である。紫の線は緊急事態宣言が発出された4月7日。


 図5.2で示した沖縄県の7月中旬から下旬(ピンク色で網掛)の状況はさらに顕著で、推定誤差を考慮したとしても実効再生産数は急増している。
 沖縄県に関してはGoTo トラベルとの関連で別ブログで取り上げる予定である。

コロナ図5.1


図5.2 感染者数と実行再生産数(沖縄県)


7月中旬から下旬にかけて、実効再生産数は1以下から5以上にまで急増した。日々報告される感染者数がピークを打ったのは、実効再生産数の増加が止まってから約2週間後である。

5.2 モデルの設定


 SIRモデルの感染者数 $ I $ を $ I_1 $ と $ I_2 $ の2つに分ける。前者は内部の感染者から感染した人、後者は、外部から流入した感染者とその人たちから感染した人である。(注1)外部から流入する感染者数を $ F(t) $ (Flow )とする。モデルを便宜上SIRFモデルと呼ぶことにする。
 図式化すれば、図5.3のようになる。

コロナ図5.3


図5.3 SIRFモデルの流れ図


SIRモデルに外部起源の感染者数 $ I_2 $ が付け加わった。 $ I_2 $ は、外部からの感染者の流入と、可感染者との接触(感染係数 $ \eta \beta $ )により増大する。

 モデルを決める方程式は
\begin{align}
\frac{dS(t)}{dt} &= -\beta S(t) (I_1(t) + \eta I_2(t)) \tag{5.1}\\
\frac{dI_1(t)}{dt} &= \beta S(t) I_1(t) - \gamma I_1(t) \tag{5.2}\\
\frac{dI_2(t)}{dt} &= \beta \eta S(t) I_2(t) - \gamma I_2(t) + F(t) \tag{5.3}\\
\frac{dR(t)}{dt} &= \gamma (I_1(t) + I_2(t)) \tag{5.4}
\end{align}
ここで、外部流入者に関する感染率はもとの $ \eta $ 倍、すなわち $ \beta \eta $ としている。また $ F(t) $ は日々外部から流入してくる感染者数である。可感染者、感染者、隔離者の総和の変化は、外部から流入してくる感染者数の速度 $ F(t) $ になることに注意する。\begin{align}
\frac{d}{dt} (S(t) + I_1(t) + I_2(t) + R(t) ) = F(t) \tag{5.5}
\end{align}
 なお、外部からは感染していない人も流入してくるわけだが、 $ S $ に比べて非常に小さいので無視する。
 実効再生産数は、感染者数 $ I_1(t) + I_2(t) $ の対数の微分との関係
\begin{align}
\frac{d}{dt} \log(I_1(t)+ I_2(t)) &= \frac{1}{I_1(t) + I_2(t)} \left( \frac{dI_1(t)}{dt} + \frac{dI_2(t)}{dt} \right)\\
&= \gamma (\mathcal R_t - 1)
\end{align}
から
\begin{align}
\mathcal R_t = \frac{\beta S(t)}{\gamma } \frac{I_1(t) + \eta I_2(t)}{I_1(t) + I_2(t)}
+ \frac{1}{\gamma } \frac{F(t)}{I_1(t) + I_2(t)} \tag{5.6}
\end{align}
で定義される。
 

5.2 昨年4月の緊急事態宣言前後の状況


 モデルの定式化ができたので、それを用いて拙ブログ「8割削減とは何だったのか(3)」で述べたこと
感染者数の増加は欧州からの感染帰国者の流入で始まった。感染者数の減少は、欧州からの感染帰国者の流入が止まったこと、それに続いて始まった外出自粛による接触率の低下が主たる原因である。緊急事態宣言自体は感染者の減少を加速させたが、効果は副次的である。

の説明をしたい。

 まずモデルを拘束する状況を整理しておく。

a) 3月に春休みを利用して感染が流行していた欧州に旅行し、感染して帰国した人が多数出た。日本政府がとった入国規制は「指定する場所での14日間待機と公共交通機関の不使用」の要請であるが、欧州からの入国者に対して適用されたのは3月21日以降である。(注2)国内における感染者数の増大を受けて、3月27日以降、欧州からの入国を全面禁止とした。(注3)JALとANAの欧州の最終便は、ほとんどが3月28日である。(注4)

b) 3月28日頃から人出が急速に低下した。アップルの移動度データ(東京)で見た場合、約0.6倍である(図5.4)。

c) 4月7日の緊急事態宣言発出以降も人出は、約0.5倍である。


コロナ図5.4

図5.4 Apple移動度データ(東京)


3月28日から移動度は急減した。
横線は該期間のおおよその平均:青(3月27日以前)、橙(3月28日〜4月6日)、赤(4月7日以降)。紫の縦線は緊急事態宣言が発出された4月7日。

 さて、以上の拘束条件のもとにモデルを構築するわけだが、図5.1や図5.2のように日々報告された感染者数をベースに議論するのはなかなか難しい。欧州からの感染者の流入が止まったといった外的条件の変化は、時間差を伴って日々報告される感染者に影響を与えるからだ。また、このデータは土日祭日にPCR検査数が大きく落ち込むため、この影響も免れない。
 こうした問題を持たないデータが望ましいが、それは発症日別の感染者数である。感染日から発症日まで約5日のずれがあるから、発症日から5日を引いて近似的に感染日と考えることができる。図5.5は、このようにして作った感染日別の感染者数とそれに基づく実効再生産数の変化を示したものである。

 感染者数は3月9日頃(緑の縦線)から増加し、3月末にピークに達し、4月末には0に近くなった。一方、実効再生産数は3月9日から急増、15日頃ピークを打ち、3月28日頃(橙の縦線)までゆっくり減少し、その後減少の度合いは大きくなるが、緊急事態宣言(紫の縦線)が出された頃から再び緩やかになった。
 なお、この図で実効再生産数の急増の時期が図5.1における急増の時期より約10日早いが、これは感染日から隔離日まで平均10日かかるためである。


コロナ図5.5


図5.5 感染日別感染者数と実効再生産数(東京)


緑の縦線は感染した帰国者が増加を始めた時期。橙の縦線は人出が急減した時期。赤の縦線は緊急事態宣言の発出日。

 実効再生産数が急増する内的要因は特段ないから、3月9日(緑の縦線)以降の急増は外的要因、すなわち帰国感染者の急増によるものと推測される。これ以前は武漢型ウィルスによる感染流行の終焉を見ているのだと思われるので(注4)、考察の対象から除き、以降をモデリングする。

 モデリングに際して2つの関数を定めなければならない。ひとつは、感染した帰国者の流入を決める $ F(t) $ 、もう一つは人出の変動に伴う感染率の変動を決める $ \beta(t) $ である。後者は(5.1 - 5.4)式で感染係数 $ \beta $ を時間に依存する $ \beta(t) $ と改めたものである。

 具体的な形は図5.6に示した通りである。 $ F $ に関しては、5日間直線的に増加して、その後一定値42を取り、3月28日の欧州便の停止で0になる。一方、 $ \beta $ に関しては、3月28日まで一定値をとり、その後緊急事態宣言の時まで直線的に減少し、その後一定値をとる。

コロナ図5.6


図5.6  $ \beta(t) $ と $ F(t) $


$ F(t) $ に関しては、5日間直線的に増加して、その後一定値85を取り、3月28日の欧州便の停止で0になる。一方、 $ \beta(t) $ に関しては、3月28日まで一定値をとり、その後緊急事態宣言の時まで直線的に減少し、その後一定値をとる。


 結果は図5.7である(詳しい条件は注6)。灰色の実線が外部起源の新規感染者 $ I_2 $ 、灰色の点線がそれ以外の新規感染者。黒の実線は両者の和(定義は注7)。赤の実線は実効再生産数である。

 単純な $ F $ や $ \beta $ を使ったが、特徴はある程度押さえていると思う。

 なお、グラフが角ばっているのは、 $ F $ や $ \beta $ に折れ線や階段関数を採用したためで、滑らかな関数に置き換えればもっと自然な形になる。


コロナ図5.7


図5.7 モデル計算による新規感染者数と実効再生産数


灰色の実線が外部起源の新規感染者 、灰色の点線がそれ以外の新規感染者、黒の実線は両者の和。赤の実線は実効再生産数。

 最後に $ \beta(t) $ について付言しておきたい。条件bとcから図5.6のような形でなく
階段関数を使った方が良いように見える。しかし、ざっと当たってみた印象だが、モデルの結果と実況図5.5との合い具合は良くない。また、人出の減少率から単純な推論で導かれる感染係数の減少値は実況と合わない。感染が飲食の場で起こりやすいといった個別の状況を取り込む必要があるように見える。(注8)

注 釈


(注1)


 ある感染者から出発して、その人を感染させた人(1代前)、さらにその人を感染させた人(2代前)...と遡って、初代にたどり着いた時に、その人が内部の人なら $ I_1 $ 、外部の人なら $ I_2 $ に属する。ウィルスは1種類としており、一度感染すれば永久免疫を持つと仮定するので、この分類が可能である。外部から流入した感染者のウィルスが別種だとすると最初のウィルスと後からのウィルスの両方に感染した人数 $ I_{12} $ を考えなければならなくなる。しかし、その場合でも、よほど感染が拡大しない限り $ I_{12} $ の存在は無視して良いと思われる。

(注2)


  厚労省のサイトに当時取られた措置が出ている。3月6日閣議了解で、中国と韓国からの入国者に規制がかけられ、3月19日の閣議了解で対象が他国に拡大された(実施は3月21日から)。

(注3)


 出入国在留管理庁3月26日

(注4)


 JALの運行ANAの運行

(注5)


 感染症研究所のレポートによれば、武漢型のウィルスの国内での感染は終了し、3月初め以降ヨーロッパで感染拡大していたヨーロッパ型のウィルスが日本に入り込んで、3月末以降の感染流行になった。

(注6)


 設定条件は以下の通り。
\begin{align*}
& 内部の基本再生産数 \mathcal R_0=1.3 \\
& 東京都の人口 S(0) = 1460万人 \\
& 隔離速度 \gamma = 0.1 \\
& \beta_0 = \gamma \mathcal R_0/S(0) \\
& \eta = 1.3 \\
& 感染した帰国者数(1日当たり)のピーク値 r_0 = 42\\
& 初期値 I_1(0) = 110 、 I_2(0) = 0
\end{align*}

(注7)


 新規感染者数は(5.2)と(5.3)から
\begin{align}
内部    :&\beta(t) S(t) I_1(t) \\
外部から流入:& \eta \beta(t) S(t)I_2(t) + F(t)
\end{align}
である。

(注8)


 条件b)とc)に忠実に構成すると
\[
\beta(t) =
\left \{
\begin{array}{cl}
\beta_0 & (~3/27) \\
0.6 \beta_0 & (3/28~4/7)\\
0.5 \beta_0 & (4/8~4/30)
\end{array}
\right .
\]
となる。
 ここで、0.6と0.5を、 0.6*0.6 = 0.36 、0.5*0.5 = 0.25とすることも考えられる。新規感染者数は $ \beta S I $ で与えられ、人出が $ p $ 倍になれば $ S $ も $ I $ も $ p $
倍になるので、 $ \beta $ は実効的に $ p^2 $ 倍になるからである。
 ところが、いわゆる接待を伴う飲食店などでは $ S $ は $ p $ 倍になるが、店側の $ I $ はほとんど変わらないだろうから、 $ \beta $ は実効的に $ p $ 倍にしかならない。
 現実には、 両者の中間と考えるのが適切だろう。



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技術系の某役所を退職後、あり余る時間を使い、妄説探索の旅へ。理系老人の怪刀乱魔。

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