8割削減とは何だったのか? 新型コロナの伝染病モデル (9)
実効再生産数とは、ひとりの感染者が感染してから隔離されるまでに感染させる平均的な人数である。NHKのニュースにも登場するようになり、社会的認知度は上がりつつある。
実効再生産数は、10日間程度ではあるが、感染者数の時間変化も規定する。いいかえると、実効再生産数を用いて、感染者数の予測が可能になる。
この方法は拙ブログでこれまで何度か説明抜きで使用した。今回、遅ればせながら簡単な説明をしておきたい。あわせて、どの程度「当たるか」を実例で検討する。
9.1 実効再生産数$\mathcal Rt$に基づく予測
現在日を$t_0$、その時の感染者数を$I(t_0)$ 、実効再生産数を$\mathcal R {t_0}$とすると、将来日$t$における感染者数$I(t)$は近似的に
\begin{align}
I(t) = I(t_0) \exp(\gamma(\mathcal R {t_0} -1 ) (t-t_0)) \tag{9.1}
\end{align}
で与えられる。
現在日における感染者数$I(t_0)$ と実効再生産数を$\mathcal R{t_0}$が分かれば、正確に予測できることになるが、実際には両者は誤差を含む。
まず、発症するかどうか、あるいは隔離されるかどうかは確率的であるから、感染者数$I(t_0)$は確率変数である。これ以外に人為的な変動がある。すなわち、土日および祭日は検査数が大幅に低下する。
これらを勘案して$I(t_0)$を推定する方法はいろいろあるが、単純に考えることにする。感染者数が1週間程度では急激な変動をしていないと仮定して、$I(t_0)$の平均 $m$ を現在日を含む過去7日間の平均とする。また、標準偏差$\sigma$を現在日を含む過去7日間の有効日で求める。ここで、有効日とは、その前3日間に、土日と祭日を含まない日である。3日間をとったのは、検査結果のほとんどが3日以内で出ることによる。
一方、実効再生産数$\mathcal R{t_0}$の推定に使っているCori氏のプログラム(注)では、下限値(それより小さくなる確率は5%)、中央値、上限値(それより大きくなる確率は5%)を使う。
なお、実際の計算では、(9.1)ではなく、SIRモデルを使用するが、10日程度の予測なら大きな違いはない。
この方式で東京都の感染予測を行なった結果が図9.1である。予測日は2020年11月25日で、この日はGoogleが予測を行なった日である。予測期間はGoogleに合わせて28日間としている。
予測日以降何らかの対応策がとられるわけで、その効果が現れるのは2週間以降である。本手法ではそうした効果は考慮外であるから、予測の有効期間は2週間となる。これを赤網掛けで示した。
この予測図での黒の縦線分は区間$[m-2\sigma, m+ 2\sigma]$を表す。赤い曲線は$m$から出発して$\mathcal R {t_0}$の中央値を使ったった予測をあらわす。オレンジの曲線は、 $m-2\sigma$から出発して$\mathcal R {t_0}$の下限値、$m+2\sigma$から出発して$\mathcal R {t_0}$の上限値を使った予測である。
$I(t_0)$ と実効再生産数を$\mathcal R {t_0}$は独立だとみなすと、予測幅に入る確率は $0.95\times 0.9 \simeq 0.85$となる。
なお、マゼンタの曲線は実効再生産数を示す。
図9.1 東京都(予測日2020/11/25)
赤線は予測の中央値、オレンジ線は90%幅。黒の縦線は初期における予測幅。赤網掛けは予測の有効期間2週間。マゼンタ線は実効再生産数。
この図において、予測がどの程度実況とあっているかを見る際の注意をひとつ;実況の棒グラフが有効日でない場合(つまりその前3日間に土日か祭日を含む場合)検査数が少ないため感染者数が落ち込む。
この点を考慮すると実況は予測の範囲内にあると言ってよいだろう。
なお、予測の有効期間を越えて(赤網掛けより後の期間)も、予測と実況はよく合っている。これは東京都が有効な対策を打てなかったことを示唆する。
9.2 予測の有効性
前節で東京都ではそこそこの結果を出していたことがわかる。他の例(グーグルの予測やK値による予測でとりあげた例など)は次小節で取り上げるとして、ここで評価結果をまとめておきたい。
1. 多くの場合、当たらずとも遠からずの予測結果を出す。
この手法においては、予測日前に実効再生産数が大きく変動していないことが前提になっている。したがって、
2. 予測日前に実効再生産数の変動が顕著な場合、予測を大きく外すことがある。
(大阪府 2020/11/25予測)、(東京都 2021/1/11予測)
これ以外に
3. 感染者の流入などの外的な要因が作用した場合、大きく外す。
(宮城県 2021/2/11予測)
対処策としては、2に対しては、実効再生産数を予測する、3に対しては他の要素をモニターする、などが考えられる。
9.3 実 例
1. グーグルの予測
まず、Google予測の評価を行った際(拙ブログ)に論じた例を取り上げる。2020年11月25日の予測で、期間はその後28日間である。
最初は図9.1の東京であるが、すでに述べたように予測範囲内に収まっている。
次に図9.2の沖縄であるが、11月26日と28日に感染者数が突出しているが全体としては赤い網掛けをした期間は予測範囲内に収まっている。赤網掛より後の期間は予測がやや過大で、これは沖縄県の対策が功を奏してきたと見ることができる。
図9.2 沖縄県(予測日2020/11/25)
3番目は沖縄同様に観光地である北海道である。赤網掛けの期間では、予測の下限に近い変化をしていることが分かる。赤網掛け以降の期間では、予測下限を下回っている。実効再生産数は予測日以前からゆっくりと低下傾向であり、これは予測を行った時点で、北海道の対策がある程度効果を表しており、赤網掛け以降はそれがはっきりしてきたことしている。
図9.3 北海道(予測日2020/11/25)
4番目はコロナ対策の優等生と言われる和歌山県である。感染者数が少ない場合の特徴として実効再生産数の推定幅が大きい。これに伴って予測幅も大きくなって不満は残るのだが、実況は予測範囲内と言ってよい。
図9.4 和歌山県(予測日2020/11/25)
5番目は大阪府である。赤網掛けの期間、予測の下限に引っかかっているといえなくもない。しかし、予測の下限曲線も右肩上がりで、実況はほぼ停滞であるから、外れているというべきだろう。赤網掛けの期間より後の期間では乖離は明瞭である。
実効再生産数は予測日より以前では変動しているが、その見極めは難しく、この時点の予測としてはやむを得ないと思う。
3日程度後なら、実効再生産数の低下傾向は明瞭で、その時点で予測をやり直せば妥当な予測になるだろう。
なお、Googleの予測も大阪府は外している。
図9.5 大阪府(予測日2020/11/25)
2. K値による予測
中野貴志氏ら開発した予測手法である。8府県(大阪、京都、千葉、埼玉、神奈川、愛知、兵庫、福岡)の感染者数に関して2020年7月6日の時点で「7月9日ごろにピークアウト」と予測した。同じ問題を本ブログの手法で行った予測が図9.6である。
ほぼ予測の範囲内に収まっている。予測時点での実効再生産数は1.5を越えており、近々にピークアウトするという予測は出て来ようがない。
なお、拙ブログで批判したように、K値による予測は、感染爆発の時期(感染者数が指数関数的に増大)を最初から無視しており、基本的に不適切な手法である。
図9.6 8府県(予測日2020/7/6)
3. 予測が外れた場合
外れた予測からは当たった予測より多くのことを学ぶことができる。直近の例を2つ挙げる。
ひとつは2度目の緊急事態宣言発出直後1月11日の予測である(図9.7)。
これは、過大な予測であり、先に取り上げた大阪の例とよく似ている。予測の前に実効再生産数が低下していて、この効果を取り入れなかったことが外れた原因である。
この低下は、昨年末の仕事納めの後、人の動きがかなり低下して、感染がピークアウトしたことに伴うものであると見られる(拙ブログ)。ただし、1月11日の時点でそこまで読み切るのはかなり難しい。
図9.7 東京(予測日2021/1/11)
もうひとつは最近の宮城県における急増である。2月11日時点での予測は、図9.8のようにほとんど収束である。ここで注目すべきは、先ほどの大阪府や東京都の例と異なり、実効再生産数に予測を外す兆候は表れてはいないことである;実効再生産数はほぼ単調に減少しており、感染収束を予想させるものでしかない。
実はこういう変化は、昨年の7月の沖縄で経験している(拙ブログ)。つまり外部からの感染者の流入である。今回もこれが強く疑われる。
2月28日以降は感染者数の増大が顕著に現れるが、これは23日からGoTo イートを再開したためその5日以降に影響が出てきたと見るのが自然だろう。
図9.8 宮城県(予測日2021/2/11)
注 釈
(注)実効再生産数の計算はCori氏の方法によった。計算のためのRによるソフト}が提供されている。適用するには発症間隔(serial interval)の平均値と標準偏差が必要だが、山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信 にある6.3日と4.3日を使用した。
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