新型コロナの話題 宮城県の感染者急増
2月末頃から宮城県で感染者が急増している。GoToイートを再開した時期と重なるため、これが原因ではないかとも言われている。しかし、データを仔細に見ると増加の兆候はそれ以前に認められる。GoToイートが感染をさらに拡大させたことは確かだろうが、感染爆発の発端ではないとみられる。
発端として、1)外部から感染者が流入した、2)2月13日の福島県沖の地震(M7.2)後に人の接触頻度が上昇した、3)感染力の強い変異株が関与した、などが考えられる。
これらの仮説のうちどれが妥当かを検討する。今後の見通しについても触れたい。
1 概 況
まず、感染者数と実効再生産数の変化の様子を図1に示す。2月中旬に日々報告される感染者数は5前後、実効再生産数は0.5を下回る程度にまで下がっていた。それが2月13日頃から実効再生産数が急増し1.5近くにまでなった。これに伴い感染者数は10付近にまで増加した。
感染者数が顕著に増加し出すのは2月27日頃からで、これに合わせて、一時低下していた実効再生産数も2まで増加した。
その後感染者数の増加は継続し、3月下旬に入って150を超えるまでになった。ただし、実効再生産数は2から徐々に低下しつつある。
この期間に2つのイベントが発生している。一つは2月13日の福島県沖の地震(M7.2)、もう一つは2月23日のGoToイートの再開である。それぞれ黒丸と赤丸で示した。
感染者数の急増に気を取られてGoToイートとの関連云々が取りざたされることが多いが、それ以前に実効再生産数が急増していたことに着目すべきである。実効再生産数は感染者数の増加に先立って変化し、感染増加の原因はこの期間あるいはそれ以前に生起している。
図1 感染者数と実効再生産数(宮城県)
棒グラフは日々報告された感染者数。マゼンタ色の折れ線は実効再生産数で、青色の線分はエラーバー。黒丸は福島県沖の地震(2/13)、赤丸はGoToイートの再開日(2/23)。赤網掛けは図2で使用するモデリング期間。
2 何が原因か?
実効再生産数は、一人の感染者が感染してから隔離されるまでに感染させる平均的人数である。これは大雑把にいって3つの要因で決まる。ひとつは注目する集団に対して外部からの感染者の流入あるいは外部への流出、そして、集団内の人の行動様式とウィルスの感染力である。これらの要因を順次検討する。
仮説1 外部からの感染者の流入
実効再生産数は急増しており、外部からの感染者の流入が疑われる。これに関しては、昨年、苦い経験をしている;欧州で感染した帰国者の流入(昨年3月の日本)、感染した観光客の流入(昨年7月の沖縄県)。
外部流入があった場合の感染状況を記述するモデルは拙ブログで述べた(要点は注1参照)。
モデルを規定する要素が2つある。ひとつは流入の時間的変化である。もうひとつはどの程度の感染力(流入者と地元の人の間の感染力が、地元の人同士の間の感染力を基準にしてその何倍あるかで測る。これを便宜上感染倍率と呼ぶことにする)を持っているかである。
これらの要素を適当に仮定して、図1で赤い網掛けをした期間の状況をざっと作ってみたのが図2である。もう少し調整が必要だが、とりあえずの説明にはなっていると思う。
図2 モデル計算による宮城県の状況
図1の赤い網掛け部分のモデル計算。黒は日々報告される感染者数、マゼンタは実効再生産数。
仮定した感染者の流入は図3の通りである。まず、感染者の流入があって、一旦止まり、その後GoToイートに合わせてより大きな感染者流入があったというシナリオである。
ここで、縦軸の数字は宮城県に滞在している、外部から来た感染者数である。これは、日々流入する感染者数ではないことに注意する。たとえば、20人という数字は、平均4日宮城県に滞在したとすると、その1/4、つまり5人が日々流入すればよい。
図3 宮城県に流入した感染者
次に感染倍率であるが20倍を仮定している。これはかなり大きな数である。
感染倍率を小さくするには、流入感染者数を増やせばよい。ただし、短期間での流入を想定しなければならないので、多数の感染者は非現実的であろう。言い換えると感染倍率を2、3程度にまで下げるのは無理で、10程度以上にはなると思われる。
感染倍率が非常に大きい人とは濃厚な接待ビジネスの従事者だろうと推測される。こうした人の流入が最近起こりやすくなっていることを、風俗ライターの蛯名泰造氏が日刊ゲンダイ(3/24)で語っている;風俗店への入店希望者はこれまでは対面による面接が主流だったが、コロナ禍後はZoomによるオンライン面接に変わり、全国から幅広く採用されるようになったというのだ(こうした求職活動を風活というらしい)。緊急事態宣言で首都圏の需要が減った分、地方への流出圧力が増したことは十分考えられる。
仮説2 2月13日に発生した福島県沖の地震
地震そのものがウィルスを拡散させたわけではなくて、地震後に、避難や物資の購入、さらには、災害復旧の作業等で接触の機会が増え、感染が拡大したというもので、牧田寛氏が主張した「宮城県で何が起きているか?」。
しかし、これは主たる理由ではないのではないか。そう考える理由は2つある。一つは実効再生産数の急増が2月13日から始まっており、この原因はそれより(感染から発症まで5日程度かかるから)5日程度以上さかのぼることである。
もう一つは、同様な状況下にあった福島県で顕著な変化は見られないことである。
この地震に伴う津波被害はなく(津波警報も津波注意報もでなかった)、発生時刻も深夜だったから大規模な避難行動はなかったと見られる。したがって、その際の感染は起きにくかった。無論、地震動に対する避難はあり、震度は総じて福島県の方が宮城県より大きかったから、避難者は福島県の方が多かった。(注2)
地震後に買い出しに出かけた人は多かったようだが、これは福島県も宮城県と同様だろう。また両県とも人員を多数投入しなければいけないような被害はなかった。
こうしたことから、感染拡大の要因は福島県の方が大きかったように思う。
ところが図4に見るように、地震後の実効再生産数の増加は宮城県ほど顕著ではないし、開始時期も地震以前である。
なお、福島県においても宮城県のGoToイート再開と同じ頃に実効再生産数の急増が始まっている。福島県はGoToイートを再開していないから、GoToイートが感染拡大の主犯ではないらしいことがわかる。
図4 感染者数と実効再生産数(福島県)
黒丸は福島県沖の地震、赤丸は宮城県のGoToイートの再開。赤網掛けは図1と同じ。
仮説3 ウィルスの変異株
感染力が強いとされるウィルスにより感染拡大したとする説である。しかし、この可能性は低いと見る。
理由の一つは、感染拡大前に実効再生産数が0.5未満だったことである。仮に感染倍率が2のウィルスが関与したとしても、実効再生産数は0.5 * 2 = 1にしかならず、感染は拡大しない。
もう一つの理由は、このころ変異株が宮城県で広範囲に広がっていたというデータはないことである。 宮城県によれば3月19日に1件報告されているだけである (注3)。
3 今後の見通し
濃厚接待ビジネスの人が流入したことにより感染拡大をしたと考えるのが、もっとも妥当だと考えるので、この視点から述べる。
宮城県はGoToイートを3月15日に再停止したが、これはさらなる拡大を防ぐ意味で当然である。しかし、これだけでは十分でなく、外部からの流入を止める必要がある。
昨年3月の欧州からの帰国感染者で国内感染が急拡大したが、4月以降にそれが止まった。この第1波を収束させた1番の要因は緊急事態宣言ではなく、流入を止めたことである(拙ブログ)。
宮城県においても、感染拡大前の実効再生産数は0.5以下だったので、まだ市中に蔓延しておらず、流入を食い止めれば、昨年4月の状況と同様、早期に収まる可能性はあると思う。
反対に、流入の食い止めに失敗すると、先の見えない展開になる。
首都圏で緊急事態宣言が撤回されたので、濃厚接待ビジネスの人に対する首都圏での需要が回復して、宮城県への流入圧力が低下する可能性がある。これは宮城県にとって有利に働く(首都圏の感染は拡大することになるが)。
最後に、GoToイート再開の判断にコメントしたい。
宮城県はGoToイートの再開を2月22日に国に申請しているが(注4)、その前日か前々日には最終判断をしたとみられる。しかし、そのときの実効再生産数はやや下がりつつあるとはいえ1.3程度ある。その前に0.5付近から1.5付近まで判然としない理由で急増したことを考慮すれば、この判断はあり得ないのではないか。
注 釈
(注1) 基礎方程式は
\begin{align*}
\frac{dS(t)}{dt} &= -\beta S(t)( I(t) + \eta F(t)) \\
\frac{dI(t)}{dt} &= \beta S(t) ( I(t) + \eta F(t)) - \gamma I(t) \\
\frac{dR(t)}{dt} &= \gamma I(t)
\end{align*}
ここで$F(t)$が外部から流入した感染者数である(図3参照)。また、ブログ本文で感染倍率と言っているのはパラメタ$\eta $である。
初期条件は$S(0)= 2.29\times 10^6$(宮城県の人口)、$I(0)= 50$(日々報告される感染者数5人)、パラメタは $\gamma = 0.1$、 $\beta = 0.4\gamma/S(0)$(流入が始まる前の実効再生産数を0.4)とした。
図2の実効再生産数は上記の方程式から直接定義したものではなく、感染者数 $I(t)$をベースにCori氏の方法を適用したものである。具体的にはモデリング期間(図1の赤い網をかけた部分)は上記の微分方程式の解、モデリング期間前の2週間は実況値を使った。実効再生産数が初期に振動しているが、これはモデリング期間前の実況値の影響である。
Cori氏の方法など、統計的な手法で求めた実効再生産数は2週間程度の感染者数をベースにするので、微分方程式から直接定義したものより、ならされて穏やかな変動をする。
(注2) 地震に関しては気象庁報告。震度は福島県の方が宮城県より大きい。
また避難所の設置や被害状況に関しては内閣府報告。
表1 福島県沖の地震に伴う避難
地震の発生は2021年2月13日23時08分。
(注3)宮城県新型コロナウイルス感染症対策サイト記者発表(3/19)
(注4)牧田寛氏の記事にイベント時系列の記載がある。
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