表題を理解していただくには少し説明がいる。電灯がつくのは電線に電流が流れるからであり、電流とは電子の流れである。ところが電子の移動速度を計算してみると恐ろしく遅いのだ。カタツムリ並みなのである。
仮に100ワット電球とし、これに家庭用電圧の100ボルトをかけるとすると、1アンペアの電流が流れる。簡単のために、銅電線を1mm角の太さとする。銅導線の中の電子の密度は既知だから、1アンペアの電流が流れるには電子はどのくらいの速度で動けばよいか計算できる。結果は毎秒0.1mm になる。こんなに遅いのに、どうしてスイッチを入れるとすぐに電灯がつくのか。スイッチから電灯まで1mの距離としても、移動に10,000秒=約3時間もかかることになる。
これは物理のプロにとっても難問のようである。物理学者の川久保達之氏は『物理学はこんなことも分からない』の第7 話「電車の架線の中を流れる電子の速さ」で、概略以下のように書いている。
中学生を相手にした講演会の席で,次のような質問を受けたことがあります。「電流が,マイナスの電荷をもった電子の逆方向への流れだという話をいま伺いました。もしそうだとすると,東京から猪苗代の発電所(当時,首都圏の電力は福島県の猪苗代発電所から送られていた)まで電子が行くのに,いったいどのくらいの時間がかかるものなのでしょうか」という質問です。いまから40 年以上も前の話です。そのときは,「電力は50Hz の交流として送られているので,電子は送電線の中を行ったり来たり往復するだけで,遠くへ行かないのです」と言って逃げてしまいました。赤面の至りです。
仮に先ほどの計算結果を示せば、表題と同じ、いや、もっとシビアな質問「電子の移動がそんなに遅くて、電車は動くんですか?」を中学生に突きつけられて立ち往生する。
このピンチから逃れるアイディアがトコロテンだ。スイッチ付近にいた電子が電灯のところまでいって点灯するのではなく、すぐ隣の電子を押し出す。その押し出した電子が更に隣の電子を押し出す。最終的に電灯付近にいた電子が電灯を灯すという仕掛けだ。

さてトコロテンが動くはやさはどれくらいになるだろう。音の場合を思い出そう。太鼓を叩いて出る音を聞くとする。太鼓のそばの空気が移動してきて耳に届くわけではない。空気の中を音波が伝わって来て、耳のそばの空気が動いて音が聞こえる。この場合、伝わる速さは空気中の音波の速度で、常温では毎秒300mくらいになる。

電線の場合、伝播する速度は電子気体中の音波の速度ということになる。銅の中の電子気体の状態は良く知られており、音波の速度を計算することができる。光速の約0.5%、秒速約1500kmと見積もられ、充分速い。スイッチから電灯まで1mとすると、100万分の1秒あれば到達する。これで表題の疑問は解決された……とはいかなかった。
明星大学の宇佐見保氏は、実際の速度を精緻な実験で測定し、移動速度がほぼ光速度であることを発見した。電子気体中の音波の速度は光速度の1/200だから、トコロテン説は全くだめだったことになる。
宇佐美氏はこれだけでなく広範囲な現象について詳細な実験を行い、得られた結果に基づき、新しい見方を導入すべきとの結論に到達した。それは「電磁気現象の主役は電磁波であり電荷と電流ではない」というものである。これは通常の「電磁気現象の主役は電荷と電流であり、電磁波はその時間変化により作られる」を転換するものである。「コロンブスの卵」ともいうべき新視点に立った電磁気学を宇佐美氏は「コロンブスの電磁気学」と名づけた。
10年ほど前に、私は宇佐美氏から著書「コロンブスの電磁気学」の寄贈を受けた。その後も改訂・増補版を頂戴しその都度、意見を求められたが、仕事が忙しかったこともあり返事ができなかった。
退職して時間ができてから、長年の責を果たすべく同氏の著作を読み出した。宇佐美氏の手を煩わして要約版を作ってもらい、昔読んだ電磁気学の本の埃をはたいて、2ヶ月あまりこの問題と格闘する事になった。
電灯がつくということは、電磁気的なエネルギーが電灯に運ばれ、そこで消費されることを意味する。エネルギー運搬の担い手を電子と考える限り、トコロテン方式の破綻に見られるように、無理がある。したがって、宇佐美氏が主張するように、担い手は電磁波であると考えざるを得ない。
ここから宇佐見氏は新しい電磁気学の体系が必要だとするのであるが、私は、従来の電磁気学で十分だと考えた。2ヶ月あまりの格闘は電磁気学の基礎方程式から宇佐美氏の実験結果が導けることを確かめる作業であった。
道筋が一応ついたので、宇佐美氏の原稿を元に、僭越を承知で、ガリレオ・ガリレイの「新科学対話」を模した対談形式にしてまとめた。しかし、宇佐美氏との調整は、目下のところ、電線中の電子よろしくカタツムリの速度でしか進んでいない。
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現代でも結構基本的なことがわかっていないようですね。
スピカ-の土台の材質や強度で音が変わることはわかります。 しかし、電磁的再生音がプリアンプ・アンプ等の土台によって変わるのはスピカ-を伝わる何かだけにすべての音の情報があると仮定するとむつかしいのです。
実際、私のプリアンプ・パワーアンプの真空管上部に讃岐のサヌカイトやアフリカ黒檀を載せると音がずいぶん変わります。 これも電磁波なのかもしれません。
和田さん、コメント有難うございます。
ブログにはっきり書かなかったのですが、「電磁波が電線の外側を流れ、電線中の電流はこれに誘導されて発生する」が結論です。この時、エネルギーを運ぶのは電磁波で、電流ではありません。電線の周りに誘電体をおくと電磁波の流れが変化します。真空管上部に讃岐のサヌカイトやアフリカ黒檀をおいたときも同様な効果が期待され、それを受けて音が変わることは理屈の上からもあり得ると思います。
>現代でも結構基本的なことがわかっていない・・・
ご両人は上記の事を分かっていたわけですが、小生のような理工系に疎い者はそれさえ分かってなかったです。そんな人が大半でしょうね。
それを考えると、「STAP細胞」も存在する可能性は少なくないと、考えられないでしょうか。
ただ、小保方氏は「天才」ではあったが、学者として未熟だったので、それを再現する技術が未完成であったのではないかと、推測してます。
今私の同僚で、電気工学科を卒業してh製作所に、長年勤めていた60才の人がいます。さんげつさんの言われる電磁波説は、そんな説もあることはよく知られいると、言ってました。
異説というほどではない、ということでしょうね。
キー坊さん、知り合いの方のコメント紹介してくださって有難うございます。
私も原稿を書き上げてからWEBサイトで調べました。スイッチを入れたあとの状況は、TEM波と呼ばれる電磁波が電線の外を伝搬することで説明がつくというのは、電気工学の人には常識らしいことがわかりました。これに対して物理学者の方は、そう述べているサイトもありますが、川久保氏のように奥歯にものの挟まったような説明になっていることが多いようです。電磁波が伝わるには電子の運動が必要で、そのためには導体内の電子の状態を量子力学を使って調べないといけないと考えるからだろうと思います。ブログ中の光速度の0.5%の伝搬速度はこの最も荒い近似での結果です。
結論的には、主因は銅体内の電子状態ではなく、古典的なTEM波だとする電気工学者の理解でいいのだろうと思います。
ところで、私のブログではうまく伝えられなかったようですが、宇佐美氏の主張は実は大変な異説なのです。宇佐美氏はスイッチを入れたあとの電流の流れ方だけでなく、各種の実験を行って、現行の電磁気学の体系は間違っていると主張しているのです。電磁気学は、ファラデー、マクスウェル、アインシュタインを経て完成されましたが、宇佐美氏が正しいとすると、驚天動地の事態です。
宇佐美氏の主要な実験結果は電磁気学の基礎方程式(マクスウェル方程式)から導ける、つまり電磁気学の体系は宇佐美氏の実験で否定されてはいない。これが私のやったことでした。
もっとも宇佐美氏は、私の説明に納得せず、今でも議論中というわけです。
さんげつさん、コメントを有り難うございます。
宇佐美氏の理論が画期的なものだとすると、貴兄も深く関与するわけで、日本の理論物理学界の水準の高さを改めて示すものですね。
かつて大手メーカーに勤務していたが、今は私らと底辺(肉体)労働に従事する同僚氏は、超まじめ人間です。自分の専門分野(電気[子]工学)には、絶対の自信を持って説明をしてくれます。だが、理科系でも、別の分野にはそうでもないようです。
私が単純素朴な小保方擁護論を言ってみても、愛想笑いを見せるだけです。が、小保方氏がたった2冊の実験ノートしか残さなかったという事には、とても考えられない事だと言っていました。
さんげんつさんのコメントでは工学と物理学とは守備範囲は、かなりの範囲で重ならないようですね。同僚氏にプリントしたこのコメントを見せてみます。知識的にディープな反応は期待できないような気がしますが、彼の答えが私にとっては、勉強になりそうな気もします。
キー坊さん
同僚の方がもし興味をお持ちになられたら、私の原稿(pdfファイル)と宇佐見氏の本「コロンブスの電磁気学」をお渡しする事ができますとお伝え下さい。
さんげつさんの記事本文と、コメントをプリントして同僚のI氏に読んでもらった処、I氏は「物理学全般を研究している方と比べたら、電気に特化して勉強してきた自分ら電気工学出身者のほうが、電動への見識は深いと思う。U氏の理論は多分、はマックスウェルの理論で十分に説明できるだろう」と、今日言ってました。
私は、I氏がどれだけの物理学的見識を持っているかは判らないです。
彼は「時々、世紀の発見をしたと錯覚する学者が現れる、U氏もそれだと思う。さんげつ氏は先輩の暴走を何とか抑えたいと思っているのではないですか?」と、例によって笑みを浮かべて、淡々と言ってました。さんげつさんとI氏の見解は一致したということでしょうね?
今、彼は仕事上のトラブルに遭遇して退職もあり得て、余者の論文を読む余裕はないようです。
また、そんな異説論文はいくつも読んだといっていました。という事で、さんげつさんの好意は、無用のものとなってしまったようです。
小生とネットでしか接点のないさんげつさんと、現実に接触しているI氏が、同じ土俵に上がって(私を通じてですが)意見を交わすというのも、面白い現象だと思ってます。
キー坊さん
Iさんのコメントを聞きだしてくださって有難うございます
Iさんがうまく仕事上のトラブルを解決されて、ゆっくり議論できる機会が出来ることを願っております。
間違っていても面白い話は好きで首を突っ込むことがよくあります。
本ブログの「ゲーテいわく」で紹介した串田さんのFM電波を使った地震予知もそのひとつでしたが。